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Quattro stagioni
第7章 スタンダールの幸福 Ⅱ
先輩社員たちがちらほらと出社し始め、フロアにコーヒーの香りが満ちた頃に中原さんはやってくる。デスクに荷物を収めながら挨拶をして、PCを立ち上げる。それからさっと社内メールを確認すると彼は決まって席を立ち、コーヒーサーバーへと向かう。
わたしがこっそり用意しているコーヒー。カップに注いで、ふうと息を吹きかけて一口。その時、中原さんはいつも少しだけ満足げに笑っているように見える。
ふと賑やかな声が聞こえたかと思うとわたし達のデスクの島とは離れた島でいつの間にか出社してきていた藤さんとミヤコさんがなにやら盛り上がっていた。そちらを見ていると、眠そうな声でおはようと言いながら都筑さんが姿を見せる。彼女はいつも始業ギリギリに駆け込んでくる清水くんが自分より先にきていることに気付くと目を丸くした。
「おはよう、美月ちゃん」
「おはようございます」
「都筑先輩、俺、先輩より早く来ましたよ。どうですか」
「どうもこうも…1日早く来たくらいで自慢げにしないでください。あと、その先輩って言うの暑苦しいから辞めて」
都筑さんが渋い顔をするとカップ片手の中原さんが戻ってきた。席についた都筑さんを見下ろすような形で立つと、いつも手短になにか話している。ここ数日でその日の業務に関することを話しているらしいと分かるようになってきたけれど、彼らの会話はやっぱり代名詞が多くて傍から聞いても内容まではとんと入ってこない。
会話を終えるとやっと席について、中原さんはわたしの方を向く。今日は、身構えるな。大丈夫。笑顔にならなきゃ。そう思うと、ついごくりと喉が鳴る。
「…今日、俺、社外に出ることになったから。夕方には戻るけど…それまでお前のことは都筑に任せてある」
「あ、は、はい…」
「俺と都筑で言ってること違ったら、今日は都筑の指示に従ってくれ。あとは、」
昨日、私が書いた日報をぱらぱらと捲りながら淡々と言う。なんだか拍子抜けだ。視線を感じてそちらを見ると都筑さんがにこりと笑って私を見ていた。
どうやら中原さんはすぐに社外業務に出てしまうらしく、PCを操作して何通かメールを送り、資料をプリントアウトすると電源を落としていた。向かいでは都筑さんが清水くんに色々と指導をしている。