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Quattro stagioni
第8章 スタンダールの幸福 Ⅲ

突き放すようなことを言いながら、懐かしさを覚えるこの状況にどこかほっとする自分に気付く。ほっとしてどうすんだよ。こいつはもう触れていい人間ではない。俺ではなく、藤を選んだ。あの部屋を出て、藤と新たな部屋で、未来へ向かって生きている。

「ねえ、今日さ、戻ってきてから機嫌悪かったでしょう。どうしたの?」
「…うるせえよ」

お前の所為だ。気付くなよ。俺の気持ちに気付かなかった時のように鈍感で居てくれよ。ち、と舌を打って短くなった煙草を灰皿に放り込む。立て続けに2本目を咥えて火を点けた。

俺が黙り込んでも都筑は立ち去る素振りを見せない。手持無沙汰な様子で喫煙所のドアに軽く寄りかかっていた。口を真一文字に結んでどこか不機嫌そうに見える顔。俺の態度に不満があるのだろう。

俺だって、都筑がしようとしている選択に不満がある。恐らく、俺を気遣ってそうしようとしているのだろうが、俺はそんなこと望んでいない。

社外業務から戻り、暫くしてからトイレの為に席を立った。デスクへと戻る間際に聞こえた部長の声に足を止めた。あの話、考え直す気はないのか、と低い声。誰に向かって言っているのだろうと思ったと同時に響いたのは都筑の声だった。

会話から察するに都筑は他部署への異動か会社を辞めることを希望しているようだった。お前に抜けられると困ると言う部長に、自分が居ない方が俺がやりやすいだろうとかそんなようなことを言っていた。どうやらその希望は昨年の冬頃から申し出ていたようで、部長は都筑を引き留めるために昇進させて、清水の面倒を見させているらしかった。

「あのさ、私、」
「……聞きたくない」

話したくも、聞きたくもない。確かに都筑が傍に居れば、嫌でも意識せざるを得ない。でも、それでも、近くに居て欲しいと思うのは何故だ。

胸が押しつぶされそうだ。息苦しくて堪らない。じりじりと灰になっていく煙草。漂う煙が都筑を覆い隠してくれたらいいのに。
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