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Quattro stagioni
第8章 スタンダールの幸福 Ⅲ

耳障りな鉄製の扉の開く音がする。顔を向けるとどこか険しい顔をした藤が入ってきた。てめえの顔は都筑以上に見たくねえよ。消えてしまえ。

「こんなところでなにしてるんですか?」

その声は都筑ひとりに向かって放られているようだった。俺のことは視界に入れたくないらしい。藤は都筑をさらっていったくせに、今でも俺を警戒するような視線を俺に向ける。そんなに警戒しなくたって都筑の心の中にはもう俺の居場所などないというのに。

「ちょっと、話してた」
「そうですか。津田が探してましたよ。先、戻っててください」

言うなり都筑を喫煙所から押し出そうとする。都筑はまだなにか言いたいのか眉根を寄せて、でも、と言ったが藤はそれを封じ込んで無理やり店内へと追いやった。そのまま藤も消えるかと思えば、俺が勢い余って蹴倒した灰皿を元に戻しながら口を開く。

「まだ、俺からあの人を奪おうと思ってるんですか?」
「はあ?」
「俺はなにがあっても手離しませんよ。俺にはあの人しか居ないんです」
「…お前なら他に相手いくらでも居るだろ」
「居ません。俺にとって志保さんは唯一無二の人です」

俺を見る視線がついさっきの都筑の視線とよく似ている。そんな眼で、俺を見るな。

「あいつの言いなりのくせに俺に強く出るのか。ダセえ奴だな」
「なんとでもどうぞ」

涼しい顔に腹が立つ。都筑が藤との仲を面白がっていじる部長と村澤さんにぶち切れて以来、ふたりのことを話題にするのは部内で一番のタブーになった。箝口令に近い。それに付随して藤はあいつのことを社内では都筑さんと呼ばされている。

会社に居る時、藤と都筑は全くと言っていい程言葉を交わさない。傍目には不仲なように見える。それもきっと都筑が言い出してそうするようになったに違いない。

「『友達』で居るなら俺も口出ししません。けど、そうじゃないなら俺、敵には容赦しませんから」

敵には容赦しない、ということは今の俺は藤にとって敵ではなく、ただ目障りな相手でしかないらしい。くそ。揃いも揃って苛々させやがって。

言われなくたって、今さらあいつを奪うことなど出来ないと分かっている。じゃあ、と店内に戻っていく背が消えてからぶわりと込みあげた怒りに任せて藤が起こした灰皿を再び蹴り倒した。いつから物にあたるようなださい人間になってしまったのだろうと思うと、消えてしまいたくなった。
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