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Quattro stagioni
第8章 スタンダールの幸福 Ⅲ
◇◆
雨が降り続くと、何故だか気分が沈む。そうでなくとも思うように気持ちの整理がつかず、ふとした瞬間に湧き上がってくる苛立ちを持て余していた。
新人歓迎会の日に都筑と口論、いや、俺が一方的に怒鳴りつけてから都筑とは業務以外で一切口を利かなくなった。今日で3週間になる。悔しい程あいつは俺の扱い方を分かっているわけで、向こうからも話しかけてはこない。
未だ嘗てないほどに気まずい状態の中、先日の天気予報では遅れに遅れた梅雨入りが発表された。淡々と続くアナウンサーの声を聞きながら、やはり脳裏には都筑のことが浮かんだ。今はもう心配などする必要はないのだろう。眠れぬ夜を過ごさずに済んでいるに違いない。
それを表すように盗み見た都筑の顔には疲れの色は見られなかった。清水がコンビニで買ったという新作の菓子をつまみながらあれやこれやと指導している。清水曰く、都筑は教え方が上手いらしい。
「あ、あの…中原さん、」
たどたどしさの消えない声ではっと我に返る。どうした、と問いかけながらそちらを向くと森美月は資料作成に手間取っているらしかった。椅子ごとそちらに近づくと、びくりと身構える。
「どこで困ってんだ?」
「えっと、ここなんですけど…」
貸してみろ、とマウスを使おうとすると引っ込めるのが間に合わなかった森の手に僅かに俺の手が触れた。速度を増し、手が引っ込む。ああ、わるい、とかそんなようなことを言ってなるべく顔を見ないようにしながら操作していく。
部長が恨めしい。俺に森を預けたのは間違いなく、あの人の選択ミスだ。きっと都筑と組ませていればもう少し森もやりやすかっただろう。それに俺だって清水の方が扱いやすかった。
どうやら森は俺を苦手に思っているようだ。新人たちの配属初日に都筑に言われたことを意識して顔だけでも笑ってみせようとしたのだが、それは失敗だったらしい。妙に怯えた顔をされたので最近は無理して笑うことも辞めた。