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Quattro stagioni
第8章 スタンダールの幸福 Ⅲ
結局、翌月半ばに予定されている暑気払いを避けて8月中旬に夏休みを取ることになった。奇しくも昨年とほぼ同じ日程だった。あの夏は実家に居ながら気が気でなかったことを思い出す。
お疲れさまです、とフロアを出ていく森を見送ってから日報に目を通す。ここ数日で教えたことをはよく理解している様子だ。物音に気付き、そっと顔を上げると数十分前に清水を送り出した都筑が帰り支度を終えて立ち上がったところだった。決まって交わしていた挨拶もこの数週間は交わしていない。
ちらりと俺の方を見やるが、なにも言わずに帰っていく。藤の姿はもちろん定時とほぼ同時に消えていた。あの野郎は余力があるくせに仕事にそれを割きたがらない。決められた時間内で如何に効率よく業務をこなすかに重きを置いているようだ。
都筑の姿が完全に見えなくなってから息を吐く。重たい溜息だった。舌を打って残りの作業に取り掛かる。それを追えてPCをシャットダウンしたと同時にどこかにやにやしているように見える村澤さんがやってきた。
「今日はどこ行く?洒落た店でもリサーチしに行くか?」
「リサーチしてどうすんすか。いいすよ、昔よく行ってた居酒屋で」
「あの店、とっくに潰れたぞ。ああ、じゃあ焼き鳥屋にすっか」
俺が新人の頃によく行っていた居酒屋は今は串カツの店になっているという。まぁどこでもいいです、と言いながら立ち上がる。会社の最寄駅から2駅移動した焼き鳥屋は程々に混んでいた。入り口近くの狭い2名席に通され、メニューを見る前にとりあえずビールを頼む。
「お前、都筑とまたなんかあった?」
お通しの漬物と共に運ばれてきたビールを喉に流し込んで村澤さんが言う。
「なんかあったように見えます?」
「不自然に口利いてないだろ。お前ね、俺は喧嘩しろとは言った覚えないぞ」
「…いや、別に俺も喧嘩したかったわけじゃ、」