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Quattro stagioni
第9章 スタンダールの幸福 Ⅳ

中原さんは村澤さんを無視する方向でいくことにしたのか、あれやこれやと話しかける村澤さんに顔すらも向けなくなった。けれど、どうやら村澤さんは手持ちの仕事が片付いていて時間があるようでふらふらと空席の都筑さんのデスクについた。
「この距離か。まあ、きついな」
「……なにが目的なんすか」
PCに視線を向けたまま、なんとなく吐き捨てるように言った中原さん。わたしはまだ入社してから3か月、もっと言うと配属からは2か月だから部内の雰囲気が分かってきたと言っても、他の先輩たちが積み重ねてきたものの全ては知らない。そんなこと頭では分かっているのに、それが少し寂しい。もし、わたしが清水くんみたいだったらもっとぐいぐい突っ込んでいけるのかと思うと彼に対する羨ましさが膨らむ。
ちらちら村澤さんに向けていた視線がかち合った。その瞬間、笑みが深くなる。わたしの中で村澤さんは清水くんと同じ系統の人だけれど、穏やかに微笑んだ顔からは余裕というか、色気というか、そんなものを感じた。ふと、中原さんもこんな風に笑ってみればいいのに、と思う。
― なんで、こんなこと…
ふわりと浮かんだ思いに自分でもこっそり驚く。ふるふるとかぶりを振った。中原さんに構ってもらえず飽きたらしい村澤さんは清水くんにちょこちょこ話しかけてから自分のデスクの方へと戻っていった。
数時間仕事に勤しんで、定時を過ぎてから日報を書き始める。中原さんや部長との交換日記のような作業は最近、楽しくなってきていた。いつも通り日中の業務を振り返って書き終えたら中原さんへ渡す。
「お先に失礼します。お疲れさまでした」
「おう、お疲れ。気を付けて帰れよ」
ぎこちない笑顔を見せなくなってからというもの中原さんはわたしに気を付けて帰れというようになった。子ども扱いされているみたいでこそばゆいけれど、なんだかあたたかい言葉のように聞こえる。はい、と答えたとき、きっとわたしは自然に笑えていただろう。

