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Quattro stagioni
第9章 スタンダールの幸福 Ⅳ

視線が吸い寄せられる。何故だか、目を離せなかった。こんな経験、したことない。ソファーの脇に座り込んで、そっと眠る中原さんの頬に手を伸ばした。泣かないで。そんな気持ちだった。寝顔が不思議と泣いているように見えたのだ。

「…!」

指先がかさついた頬に触れた瞬間、思いがけない力で手首を掴まれた。ぎょっと目を開くと、わたし以上に大きく見開かれた中原さんの目が驚き一杯でこちらを向いている。

「………」
「…お、おはよう、ございます」
「……あ、ああ…起きたのか」
「あ、あの…わたし、」
「飲めないなら無理して飲むな」
「す、すみません…」

手首を離してくれないものか。大きな手が掴む力は痛いくらいだった。でも、振り払う気にはなれず、大人しくする。少し経ってから目が冴えたらしい中原さんは短く謝って手を離してくれた。聞けば、わたしは昨晩僅かな量のビールで潰れて眠ってしまったらしく、清水くんや他の人が帰ってしまって困った中原さんはフロアの片づけをして、泣く泣くわたしをこの部屋に連れ帰ったらしい。

迷惑をかけてしまったことを精一杯詫びると、気にしなくていい、と言ってくれた。それから、バイクで良ければわたしを自宅まで送り届けてくれるとも。流石に申し訳なかったのでそれは断って、中原さんの部屋から最寄りの駅までの道順を教えてもらって帰ることにした。

メイクを落とさず眠ってしまった所為で顔はどろどろであまり見られたくなかった。そんなわたしの気持ちを察してか彼はあまりこちらを見ようとはしなかった。玄関先まで見送ってくれた時も、視線は殆ど合わない。

丁寧に揃えられた自分の靴を履きながらシューズボックスの脇に無造作に放られた紙袋に気付く。掃除が行き届いているようなのに、その紙袋はやけに埃をかぶっていた。

なんとも言えないふわふわとした心地だった。誰かに話を聞いて欲しくて、自宅に戻るなり有希に電話を掛けた。今は出先だけれど夜には戻るから有希の自宅マンション近くのスペイン料理の店で晩御飯を食べようという約束をして通話を終えた。
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