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Quattro stagioni
第10章 スタンダールの幸福 Ⅴ
森は暑気払いの翌週、月曜日に、大変申し訳ありませんでした、と小さなクッキーの箱を差し出してきた。あの時点でとにかく今にも泣き出しそうな顔をしていた。都筑が居ない間はいくらか表情が和らいでいた気がしないでもないが、確信はなかった。
息をついて、ぬるくなりかけたビールを一口。ふと見ると村澤さんがにやにやと笑いながらスマホを弄っている。俺の視線に気付くと、ほら、と煌々と光る画面をこちらに向けた。
「……だから、行きませんって」
画面に表示された近郊の花火大会の日程。昨年と同じく俺の夏季休暇の最後の土曜だ。あの日は花火など観ずに終わった。会場について電話をかけても一向に繋がらず、辺りをふらふらと歩いているときに公園の方から声が聞こえた。都筑の声によく似ている気がして向かってみれば、あいつは見知らぬ男の胸倉を掴んで、片方の手を振り上げているところだった。
無我夢中で駆け寄って、細い手首を掴んだことを思い出す。はっとして俺を振り返った顔も。傷だらけの足の裏を手当てしてやって、挑発し返してやろうと藤に電話をしたのだった。
結局、あれだって藤のペースに踊らされただけだ。どうぞ手出ししてくれと言われたって、俺にはあの野郎の影を感じながら都筑を抱くことなど出来なかったに違いない。
自分より先に死なないでくれ、自分を独りきりにしないでくれ、とあの晩の都筑は言った。
だが、それは本当なら藤に言いたい言葉だったんじゃないかと思う。あいつは、今はそれを藤に言うことが出来ただろうか。