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Quattro stagioni
第10章 スタンダールの幸福 Ⅴ
◇◆
「お前たちに折り入って頼みがある」
「嫌です」
翌日、火曜。妙な匂いのする扇子で暑苦しい顔を仰ぎながら言った部長に、すかさず都筑が冷たく言い放つ。おい、まじかよ、この女。少しくらい聞いてやれよ、と思いながらも面倒事の気配を察して俺も視線を逸らす。
「俺の話を聞かないなら主任から下ろすぞ」
「うわ…見事すぎるパワハラ…なんですか、聞くだけ聞きますよ」
答えながら都筑はちらちらと壁の時計を気にしている。あと10分もすれば定時だ。今日は早く帰りたい用でもあるのだろう。
「今週の土日、お前たちは暇だろう。どうだ、福利厚生用のホテルの視察に行ってくれないか。勿論、業務としてだ。4人で1泊2日。朝飯までチェックしたら現地解散でいいぞ」
「内容はともかく人選に疑問を抱かなかったんですか?」
人選もそうだが、俺たちが暇だと決めつけているのもどうかと思う。詳しく聞く気もなかったが、部長は勝手にぺらぺらと訳を話しだした。総務の人間が行く予定だったが、先方との日程調整にミスがあり行けなくなったらしい。そこで総務部長が泣きついたのが我が部の部長様だったようだ。
「頼む。お前らの事情は重々承知してる。けどな、あいつに恩売っときたいわけだ。なぁ、都筑。海だぞー楽しいぞー」
「キャラ変わってないですか。ていうか、部長がご家族と行かれたら良いんじゃ…」
「俺さ、週末ゴルフなんだよ。カミさんと」
「私用じゃないすか。あ、村澤さんにしましょうよ。それか…」
「村澤たちは土曜から夏休み、後は東とその下の若手だろ。一応会社の代表として行かせるのにはまだ未熟だ」
この春の俺と都筑の昇進に伴い、中堅社員が他部署に抜かれてから平均年齢が若くなっていた。確かに村澤さんが動けないとなると年次的にこの役目が俺や都筑に回ってくるのは分かる。内容はどうあれ、一応は仕事だ。都筑のことだから断りはしないだろうが、藤が文句を言うことは目に見えている。現に都筑は一瞬、藤の方を振り返った。
「あの…ちょっと、相談してからでも良いですかね、面子的に」
誰に、とは言わず立ち上がる。流石に部長も理解したのか黙って頷いた。都筑がデスクを離れると、清水と森に向かって予定は空いているかと問う。それを聞くのはもっと先だろう。清水は楽しそうに空いていると答えたが、同じ返事をした森はどこか気乗りしないような様子だった。