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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第2章 初戀のひと
薫の天使のような寝顔を暫し見つめ、子供部屋を出る。
大階段を降り、生田を探しに廊下を歩き出した時だ。
背後から、艶めいた声がかかった。
「…泉、久しぶりね」
はっと振り返ると、そこには黒田公爵夫人が婀娜めいた真紅のドレス姿で佇んでいた。
「…奥様…」
黒髪を緩く結い上げ後れ毛を垂らした髪型は、上流階級の夫人というよりは、バーのマダムのような余りに品位に欠く姿だ。
濃すぎる白粉や、赤すぎる口紅も娼婦めいていて、泉は無意識に眉を顰める。

「見違えたわ。…貴方、随分垢抜けたわね。…縣家の下僕に雇われたと風の便りに聞いて、確かめに来たのよ。…本当だったのね」
黙っている泉の肩に手を掛け、顔を近づける。
「…怒っているの…?あの夜のことを…」
泉は夫人を見据えたまま、口を開かない。
…忘れる訳がない。
いきなり部屋に連れ込まれ、唇を奪われたところに公爵が入ってきた。
夫人は
「貴方!泉が…泉がいきなり私にキスをしてきたのよ!」
と、叫んだのだ。

「仕方がなかったのよ。…夫は、ああみえて激情型だから、私に何をするか分からなかったんだもの…」
…自分から泉を連れ込んだ癖に嘘を吐き、泉が職を追われても庇おうともしなかった。
泉の冷ややかな眼差しを受け、夫人は尚も甘ったるい声で囁いた。
「…あれから探したのよ?路頭に迷っていたら、私の愛人として囲ってあげようと思っていたの…。…今からでも遅くないのよ?…私のところへいらっしゃいな。…うんと可愛がって差し上げるわ…」
…さも温情をかけるような口ぶりに失笑しか浮かばない。
泉は毅然と言い放つ。
「お手をお離しください。奥様。俺はここの職に大変満足しております。…失礼いたします」
踵を返そうとした泉に、夫人がヒステリックに叫ぶ。
「お待ちなさい!…貴方、私の誘いを断るつもりなの?下僕の分際で、厚かましい。…いい?断るのなら、私はまた、貴方に襲われたと叫ぶわ。…広間の人々が皆駆けつけるわ。証人だらけよ。二度目だもの、今度はクビになるくらいでは済まなくてよ?…間違いなく牢屋行きだわ」
常軌を逸した夫人の言葉に、泉は気色ばむ。
怒りの余り、夫人に詰め寄ろうとしたその時…
廊下の奥から凛とした声が響いた。
「…泉、どうやらそちらに招かれざるお客様がいらっしゃるようね…」
振り返ると、光がにこやかな笑みを浮かべ嫣然と佇んでいた。
「…奥様!」
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