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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第2章 初戀のひと

泉が息を呑む気配が暁にも伝わる。
「…結婚…」
冷え冷えとした温度のない声であった。
貴保子は震える声で…しかし、その眼は決して泉から逸らさずに
「…ええ。…今年の1月に…。…貴方との愛を誓ったのに…貴方と引き離されたら死ぬつもりだったのに…私は貴方を裏切って、親が決めた婚約者と結婚をしたのよ…」
懺悔のような言葉…。
…死ぬつもりだった…?
暁は、貴保子の言葉に愕然とする。
「…私を軽蔑して…憎んでもいい。…貴方を裏切って…あまつさえ貴方を見捨てた…。最低の女だわ…」
泉は、ため息まじりに呟いた。
「…そんなこと…出来るはずがない…。俺は…貴方が初恋だった。…貴方が全てだった。…あの日…二人で屋敷を逃げ出した…。貴方は、結婚させられるなら俺と死にたいと言ってくれた。…だから、俺は貴方を連れて逃げた…。貴方を死なせるつもりはなかった。
だから夜汽車に乗り…必死で逃げた。
…だが、あっけなく捕まった。
貴方は屋敷に戻され…俺は首になった。…それ以上のお咎めがなかったのは、ことが表沙汰になり、貴方の名前に傷が付くことを懸念したからだろう…。
…俺はボロ切れのように放り出された…。
けれど俺はどこかで夢を見ていたのだ。…いつか貴方が、俺を探し出し…俺と一緒になってくれることを…」
貴保子の美しい貌が哀しみで歪む。
「…許して…。私には家を捨てることは出来なかったのよ…」
と、言いかけ首を振る。
「…ううん。…違うわ…。私は怖かったの…。ほんの1日、逃避行しただけで、わかったわ。…何もかも捨てて貴方と生きてゆくことが怖かった…。貧しい生活に耐えられる自信がなかった…。
…いいえ…、貴族の生活を捨てることが…やはり私にはできなかったの…」
…泉…私を連れて逃げて…
貴方と一緒なら、どこまでも行けるわ。
貴方と二人で生きて行きたいの…。
夜汽車の中で、貴保子はそう泉に囁いた。
泉は貴保子を抱き寄せ…乗客もまばらな車内で初めてのくちづけをした…。
…どこまでも、行きましょう…。
貴保子様と二人なら…俺はどんな苦労も耐えてみせます…。
囁いた泉の手を、貴保子の美しい白い手が握り返した…。
…短い短い…蜜月だった…。
その夜汽車は天国ではなく、残酷な現実が終着駅であったのだ。
ほどなくして、鉄道警察が物々しく車内に踏み込み、二人は抵抗も虚しく捕らえられた。
「…結婚…」
冷え冷えとした温度のない声であった。
貴保子は震える声で…しかし、その眼は決して泉から逸らさずに
「…ええ。…今年の1月に…。…貴方との愛を誓ったのに…貴方と引き離されたら死ぬつもりだったのに…私は貴方を裏切って、親が決めた婚約者と結婚をしたのよ…」
懺悔のような言葉…。
…死ぬつもりだった…?
暁は、貴保子の言葉に愕然とする。
「…私を軽蔑して…憎んでもいい。…貴方を裏切って…あまつさえ貴方を見捨てた…。最低の女だわ…」
泉は、ため息まじりに呟いた。
「…そんなこと…出来るはずがない…。俺は…貴方が初恋だった。…貴方が全てだった。…あの日…二人で屋敷を逃げ出した…。貴方は、結婚させられるなら俺と死にたいと言ってくれた。…だから、俺は貴方を連れて逃げた…。貴方を死なせるつもりはなかった。
だから夜汽車に乗り…必死で逃げた。
…だが、あっけなく捕まった。
貴方は屋敷に戻され…俺は首になった。…それ以上のお咎めがなかったのは、ことが表沙汰になり、貴方の名前に傷が付くことを懸念したからだろう…。
…俺はボロ切れのように放り出された…。
けれど俺はどこかで夢を見ていたのだ。…いつか貴方が、俺を探し出し…俺と一緒になってくれることを…」
貴保子の美しい貌が哀しみで歪む。
「…許して…。私には家を捨てることは出来なかったのよ…」
と、言いかけ首を振る。
「…ううん。…違うわ…。私は怖かったの…。ほんの1日、逃避行しただけで、わかったわ。…何もかも捨てて貴方と生きてゆくことが怖かった…。貧しい生活に耐えられる自信がなかった…。
…いいえ…、貴族の生活を捨てることが…やはり私にはできなかったの…」
…泉…私を連れて逃げて…
貴方と一緒なら、どこまでも行けるわ。
貴方と二人で生きて行きたいの…。
夜汽車の中で、貴保子はそう泉に囁いた。
泉は貴保子を抱き寄せ…乗客もまばらな車内で初めてのくちづけをした…。
…どこまでも、行きましょう…。
貴保子様と二人なら…俺はどんな苦労も耐えてみせます…。
囁いた泉の手を、貴保子の美しい白い手が握り返した…。
…短い短い…蜜月だった…。
その夜汽車は天国ではなく、残酷な現実が終着駅であったのだ。
ほどなくして、鉄道警察が物々しく車内に踏み込み、二人は抵抗も虚しく捕らえられた。

