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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第2章 初戀のひと
「…貴保子様…!」
堪らずに泉が貴保子に一歩近づいた時だった。
屋敷の方から足音が聞こえ、その主は貴保子の名を呼んだ。
「…貴保子?…そこにいるのかい?」

貴保子ははっと身を硬くして、素早く涙を拭う。
上質な黒燕尾服に身を包んだ夫の野々宮が現れたのだ。
「…貴保子…?探したよ。こんなところで何をしているんだい?」
貴保子の前に立ち尽くす泉を不審そうに見遣る野々宮を見るや否や、暁が噴水の縁から立ち上がった。

「…失礼いたしました。縣暁です。
…奥様と偶然に庭園でお目にかかり、少し庭をご案内しておりました。5月にだけ咲く薔薇があるのです。お美しい奥様にどうしてもお見せしたくて…。
野々宮さんにお断りもなく、奥様をお借りして申し訳ありませんでした」
野々宮は、目の前に現れた礼也の美貌の弟を眩しげに見る。
ホストの弟の案内で庭を散策していたのなら、全く問題はない。
寧ろ野々宮は恐縮し、頭を下げた。
「ああ、それはかたじけない。ありがとうございます。
…貴保子、良かったね。…暁さんは社交界のご令嬢方の憧れの王子様だ。…君は恨まれるかもしれないな」
野々宮のユーモアに貴保子は強張りながらも笑ってみせた。
「…え、ええ…。とても光栄でしたわ。…あの、ありがとうございます」
貴保子は万感の思いを込めて暁の目を見つめた。
暁はそれを受け止め微笑んだ。
「…いいえ。私も楽しい時間を過ごせました。どうぞこの後も、ごゆっくり楽しまれてください」
…貴女と泉の秘密は決して漏らさないとの気持ちをさり気なく伝える。
貴保子は、唇を引き結ぶと頭を下げた。

「さあ、貴保子。ワルツが始まった。…私は余り上手くはないが、踊ってくれるかい?」
泉のように美男子ではないが、温厚そうな優しさが溢れた笑顔が貴保子を見つめる。
貴保子は俯いて頷く。
「…ええ…もちろんだわ…」
夫妻は、暁に恭しく礼を尽くすとそのまま寄り添いながら、眩いシャンデリアの光が漏れる屋敷へと戻っていった。

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