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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第3章 秘密の花園

自分の動揺を隠すように、急いで尋ねる。
「…本当に?あんなにモテるのに?」
薫はまだ子供だから夜会は出席させてもらえない。
晩餐が済むと子供部屋に追いやられるのだ。
こっそり大階段の上から、カイザーと共に下の様子を覗き見していると、泉が綺麗な令嬢や色っぽい夫人から声をかけられたり、なにやら渡されている場面を目撃したことがある。

…泉の正装姿は素敵だ。
お父様のお下がりだが、黒い燕尾服にホワイトタイがすらりとした長身に良く似合う。
月城よりかっこいいと泉贔屓の薫はそう思う。
月城のように研ぎ澄まされたひんやりとした美貌ではなく、同じ目鼻立ちだが明るく男らしい美貌で…少し茶目っ気がある雰囲気が、薫は大好きだ。

「別にモテませんよ…」
目を細めて笑う。
…嘘だ。…絶対にモテているはずだ。
新入りのメイドは必ず泉を好きになり、そしてすぐに失恋するのだ。
メイドが泉に告白して、振られている場面を幾度も目にしたことがある。

「…じゃあ、好きな人はいないの?」
泉の貌がふっと切なげな色を帯びる。
「…ずっと好きな方はおります。…でも…叶わぬ恋なのです…」

薫の胸がちくりと痛む。
痛む上になんだか腹立たしい。
…こんな気持ちは初めてだ。
だからわざと強がって言ってみる。
「…へえ…。泉、ハンサムなのに。…告白したの?」
泉は、困ったように笑い、首を振る。
「はい。…でも、振られました。その方にはとてもお似合いの恋人がおられるのです」
「…へえ…。でも…まだ好きなの?」
「…はい。…叶わぬ恋ですが、心は自由です。…私はその方を遠くから見ているだけでいいのです…そして心の中で思っているだけで…」
寂しげに答える泉の貌を、薫は初めて見た。
何だか苛々して、いてもたってもいられない気分だ。

…泉は恋をしている…。
僕の知らない誰かを…ずっと…。
胸がきりきり痛む。

薫は泉をじっと見つめ、瞬きもせずに言い放つ。
「…泉、キスしてよ」
泉はぎょっとした表情をした。
「…い、今、なんと仰いましたか…?」
「キスしてよ。…お母様や菫がするようなやつじゃない。…ちゃんと唇にしてよ」
薫はゆっくりと泉に近づく。
石段に座る泉と立ち上がった薫の背は同じくらいだ。
…向かい合うと、キスするのにちょうどいいんだな…。
薫は早鐘のように高鳴る胸を押さえながら、泉を見つめ続けた。

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