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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第3章 秘密の花園
泉が苦しげに端正な眉を寄せる。
「…泉がしてよ…。…泉は僕が好き…?」
自分でも驚くほどに甘い声が出る。
泉が困ったように瞬きをする。
「…好き…などと、気安い言葉では表せません」
感情を抑えた声だ。
泉の慎重さがもどかしい。
「…好きだよね?僕のこと…。泉はいつも、僕のことを一番に考えてくれるもんね。菫より、僕が好きだよね?」
駄々っ子のような口調に、泉は甘やかすように頷く。
「…はい。薫様が一番です」

…せん、僕がすき?おとうちゃまやおかあちゃまより僕がすき?…すきだよね?…
幼い頃からの薫の口癖だ。

光に叱られた後には決まって、薫はカイザーを連れてベソをかきながら泉の胸に飛び込み、この言葉を繰り返した。

…はい。泉は薫様が一番好きですよ。
泉に頭を撫でられて、まるで子守唄のように心地よい声で囁かれると、嫌な気持ちや悲しい気持ちは嘘のように消えていった。

「…薫様が、誰よりも大切です…」
泉の言葉に嘘はない。
それは小さな頃からずっと分かっていることだ。
泉は薫に嘘を吐かない…絶対に。

「…好きならキスして…。…初めてのキスは泉がいい…」
薫の長い睫毛が泉を誘うようにゆっくりと瞬く。
泉が形の良い唇を引き結び、一瞬、熱のこもった眼差しになる。

…そして、それをふっと緩め…薫の小さな貌を大きな両手で引き寄せる。
月の光とガス灯が薫の美しく整った貌を照らす。

泉のやや掠れた声が耳に届く。
「…暁様に…良く似てこられた…」
…はっと思った次の瞬間には、薫の柔らかな小さな唇は泉の男らしく引き締まった唇に包み込まれていた。
「…んっ…」
…煙草の匂いと泉の爽やかな柑橘の薫りに先ほどの比ではないほどに心臓が音を立てる。
泉の唇は薫の唇を優しく押し包み、柔らかく愛撫するように咥えると、そのまま静かに離れていった。

…一瞬の出来事に、薫は呆然と泉を見つめるしかできなかった。
泉は優しく薫の頭を撫でる。
「…キスの時は眼を閉じるのですよ」
…と、いつもの茶目っ気たっぷりな眼差しになるとそう言って笑ったのだった。

かっと薫の貌が赤くなる。
「…な、なんだよ!し、知ってるよ!」

泉は普段のように朗らかに声を立てて笑い、手を差し伸べた。
「…さあ、もうお部屋に戻りましょう。…夜露が降りてまいりました…」

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