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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第3章 秘密の花園

…嫌いだ…嫌いだ!…大っ嫌いだ!
お母様なんか…お母様なんか…!
薫はブツブツ呟き、足元の土を黒革のブーツの爪先で蹴る。
馬場の裏手の草原は人影が少なく、ひんやりとした風が吹き抜け、怒りに燃え滾る頭を冷やすのに丁度良かった。
土を蹴るだけでは飽き足らず、近くに咲いている矢車草をブチブチ千切り、投げつける。
「なんだよ…お母様なんか…お母様なんか…アフリカのライオンに喰われてしまえばいいんだ!…バカッ!」
…背後から不意に明るい笑い声が響き、薫は慌てて振り向く。
…白馬に乗った星南学院の先輩、鷹司紳一郎が可笑しそうに笑っていた。
「…鷹司先輩!」
子どもっぽい癇癪を見られてしまった薫は真っ赤になり、後ずさる。
鷹司は爽やかに笑いながらしなやかに馬の鞍から降り立った。
…夏用の乗馬ジャケットに白いシャツには黒いリボンタイ、白い乗馬パンツは長い脚を強調するように映え、黒革の長ブーツはまるで将校のように凛々しく決まっている。
その大人びた品格のある端正な貌に揶揄うような笑みを浮かべて、近づいてくる。
「誰をライオンに喰わせたいだって?…物騒だなあ…」
「…鷹司先輩…どうしてここに…」
「先週から軽井沢の別荘に来ているんだ。
…君は?どうしたの?」
公家の流れを汲む鷹司の家は公爵家で、父親が貴族院議員だ。
軽井沢に別荘くらいあるだろう。
薫は納得しながらも、おかしなところを見られたせいでばつが悪くて口籠る。
「なに?お母様と喧嘩したの?」
ちらりと馬場の方に眼を遣る。
「…落馬しても続けろって…横暴なんです」
鷹司相手に愚痴る。
…あんなに格好が悪いところを見られたんだから体裁を取り繕っても仕方ないや。
鷹司は涼やかな目元で笑う。
「…縣 光様か…。美人で馬術の名手で才能溢れる社交界の華…。羨ましいお母様だけどね」
薫は肩を竦める。
「じゃあ熨斗をつけて差し上げますよ、先輩に。…あんな…メドゥーサよりもおっかない血も涙もない母親なんて!」
鷹司の弾けるような笑い声が響く。
「…それは穏やかじゃないな。…まあ、でも母親に反抗するのは極めて普通のことさ。僕も母親はあまり好きじゃないな。…愛人が三人もいる困ったひとだからね」
さらりと過激な発言をする鷹司に
「…は、はあ…」
…何と答えたら良いか分からずに曖昧な返事をする薫に、鷹司は少しも憂える様子を見せない。
お母様なんか…お母様なんか…!
薫はブツブツ呟き、足元の土を黒革のブーツの爪先で蹴る。
馬場の裏手の草原は人影が少なく、ひんやりとした風が吹き抜け、怒りに燃え滾る頭を冷やすのに丁度良かった。
土を蹴るだけでは飽き足らず、近くに咲いている矢車草をブチブチ千切り、投げつける。
「なんだよ…お母様なんか…お母様なんか…アフリカのライオンに喰われてしまえばいいんだ!…バカッ!」
…背後から不意に明るい笑い声が響き、薫は慌てて振り向く。
…白馬に乗った星南学院の先輩、鷹司紳一郎が可笑しそうに笑っていた。
「…鷹司先輩!」
子どもっぽい癇癪を見られてしまった薫は真っ赤になり、後ずさる。
鷹司は爽やかに笑いながらしなやかに馬の鞍から降り立った。
…夏用の乗馬ジャケットに白いシャツには黒いリボンタイ、白い乗馬パンツは長い脚を強調するように映え、黒革の長ブーツはまるで将校のように凛々しく決まっている。
その大人びた品格のある端正な貌に揶揄うような笑みを浮かべて、近づいてくる。
「誰をライオンに喰わせたいだって?…物騒だなあ…」
「…鷹司先輩…どうしてここに…」
「先週から軽井沢の別荘に来ているんだ。
…君は?どうしたの?」
公家の流れを汲む鷹司の家は公爵家で、父親が貴族院議員だ。
軽井沢に別荘くらいあるだろう。
薫は納得しながらも、おかしなところを見られたせいでばつが悪くて口籠る。
「なに?お母様と喧嘩したの?」
ちらりと馬場の方に眼を遣る。
「…落馬しても続けろって…横暴なんです」
鷹司相手に愚痴る。
…あんなに格好が悪いところを見られたんだから体裁を取り繕っても仕方ないや。
鷹司は涼やかな目元で笑う。
「…縣 光様か…。美人で馬術の名手で才能溢れる社交界の華…。羨ましいお母様だけどね」
薫は肩を竦める。
「じゃあ熨斗をつけて差し上げますよ、先輩に。…あんな…メドゥーサよりもおっかない血も涙もない母親なんて!」
鷹司の弾けるような笑い声が響く。
「…それは穏やかじゃないな。…まあ、でも母親に反抗するのは極めて普通のことさ。僕も母親はあまり好きじゃないな。…愛人が三人もいる困ったひとだからね」
さらりと過激な発言をする鷹司に
「…は、はあ…」
…何と答えたら良いか分からずに曖昧な返事をする薫に、鷹司は少しも憂える様子を見せない。

