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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第3章 秘密の花園
鷹司は一人、自室に篭りながらぼんやりと地球儀を廻す。
窓の外では時折、稲光が光る。

…「紳一郎坊っちゃん、これはなんですか?」
晩餐に使う鴨肉を届けに来た森番を自分の部屋に連れて来た。
男は屋敷に入るのを極端に嫌う。
他人のテリトリーに入るのが嫌なのだ。
…気難しくて寡黙で取り付く島がない。
屋敷の使用人の男に対する評はそのようなものだった。
だが、メイド達は口を揃えてこう呟き頬を赤らめた。
「…でも、すごくイイ男よね。あの眼に見つめられたら身体が疼いちゃう」
その後の忍び笑いが鬱陶しくて、鷹司は眉を顰めた。

…だからわざと男を自分の部屋に引き込んだ。
男は鷹司にだけは甘い。
どんな我儘も聞いてくれる。

背の高い身体を居心地悪そうにやや丸め、鷹司の部屋に足を踏み入れる様子はどこか可愛らしく、鷹司は腕を握りしめ中に招き入れる。

物珍しそうに辺りを見渡し、そして地球儀を見つけ、子どものように興味津々に近づく。
「…坊っちゃん。…これはなんですか?」
恐る恐る地球儀をつっつく。
「地球儀さ」
鷹司は男の背中に抱きつく。
「ちきゅうぎ?」
尋常小学校を出たかも定かではない男は、地球儀も知らなかった。
「そう。ここが日本…」
鷹司の細い指が男の節くれ立った褐色の指を導く。
「こんなに小さいんですか⁈」
闇夜より黒く暗いが野生的な知性を感じさせる瞳が見開かれる。
「そうさ、こんなにちっぽけな島国だ。…そしてここがヨーロッパ…英国…」
「えいこく…」
「英国は狩猟の本場だ。英国では森番や狩猟番の地位はもっと高くて尊敬されているんだって。貴族の主人にも一目置かれているほどにね」
鷹司の指を男の指が優しく撫でる。
「…坊っちゃんは頭が良いな…俺にたくさんのことを教えてくれる…」
黒豹のような眼差しが優しく細められる。
鷹司は安煙草の匂いが染み付いた男の革のジャケットの背中に貌を埋める。
「いつか、一緒に行こうよ…英国に…」
男の頑強な身体がびくりと震えた。
「…英国、フランス、イタリア、スペイン…どこも狩猟が盛んだ…お前が外国で獲物を仕留める姿が見たい…」
「…坊っちゃん…」
「…きっと行こう…二人で…世界の果てまで見に行こう…」
男の大きな温かい手が鷹司の艶やかな髪を不器用に撫でた。
何も言わなくても、男の気持ちはその掌から伝わってきた。
鷹司はそっと眼を閉じた…。

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