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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第4章 ハニームーン・ペーパームーン 〜蜜・月・旅・行〜
遅めの夕食を済ませ、暁は庭伝いになんとなくそぞろ歩きをしていた。
…月城は東京の北白川家から急な電話が入り、本館の電話室を借りに行ったのだ。

小高い山の斜面を利用して建てられた旅館は、自然の風景の中、其々の宿坊がある。周りには滝や林や小川などが点在し、まるで信州の自然の中を散策しているようだった。
各所に置かれた行燈が足元を照らすので、道に迷うことや、心細いことはない。

普段、都会の中でしか暮らしたことがない暁にとっては充分な冒険のような気分であった。
ひとしきり散策を楽しみ、そろそろ戻ろうかと踵を返した時、本館の方から人影が近づいてきた。

…先ほど、部屋に挨拶に来た旅館の女将の葵だ。
葵は暁を認めると、優し気な笑みを浮かべながら一礼した。
「月城さんはもう間もなくお戻りになられますよ。…縣様のことをご心配されていました。迷子になられてはいないかと…」
…それで葵が様子を見に来たのだろうか…。
三十半ばの男に迷子もないだろうと、暁は恥ずかしくなり白い頬を染めて俯いた。
そんな暁にしみじみとした声で話しかける。
「…月城さんは、本当に縣様を大切にされているのですね。あんな月城さんは初めて拝見しましたわ」

暁は思い切って口を開いた。
「…あの…僕のことは…葵さんはどう…」
葵はそのいかにも老舗旅館の女将らしい艶めいた美貌で微笑む。
「…月城さんからご連絡があったのですよ。今度自分の大切な人を連れて行きたいと。とても身分の高い人だからなるべく人目につかぬように…けれど二人にとって初めての旅行だから想い出に残る旅行にしたいと…」
…そんなことを話したのかと暁は頬が熱くなる。
けれど嬉しい…。
「…月城さんは今まで決してそんなことを仰いませんでした。とうとう素敵な方に巡り会えたのだと感慨深かったですわ」
暁は寂し気に微笑った。
「…その相手が男の僕で驚いたでしょう…?」
…同性の恋人を紹介され、不快に思ったのではないか、と暁は少し心配になる。

葵はきっぱりと首を振る。
「いいえ。…縣様は誰よりもお美しく優雅で…けれどどこか儚げな宝石のようなお方で…月城さんに相応しい方と敬服いたしました。月城さんと縣様は美しい一対の月と星のように、煌めいていらっしゃいました。…ああ、この方が月城さんの運命の方なのだと、納得いたしましたのよ」
そう言って葵は瞬きもせずに、暁を見上げた。
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