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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第5章 緑に睡る

その日から紳一郎は十市のことをひたすら熱い眼差しで見つめ…しかし眼が合うと心臓が苦しくなるほどどきりとし、慌てて視線を逸らすという極めてぎこちない行動を繰り返していた。
しかし十市の態度は変わらない。
言葉少なに優しい眼差しで紳一郎を見つめているだけだ。
そんな十市が紳一郎はもどかしい。
…唇にキスをしてくれたのは二年前のクリスマスイブだ。
…あれは…何だったんだろう…。
「キスして」
と懇願したら、唇にキスをしてくれた。
強く強く抱きしめてくれ…
「大好きだ」
と告げてくれた。
…けれど…
あれから特に十市が変わった様子はない。
ずっと優しく紳一郎に接してくれる。
眩しげに見つめはするけれど、そこに欲望は感じない。
…まるで…
弟や子どもに対するような温かい親愛の情のみを感じるだけだ。
だから紳一郎は落ち込んでしまうのだ。
…僕は十市に恋していて、彼に夢中だけれど…。
十市はそうではないのかも知れない…。
紳一郎はため息を吐く。
「坊ちゃん、元気がないですね…」
厩舎で馬に鞍を着けながら、十市は心配そうに紳一郎を見つめる。
「熱でもありますか?」
…十市は優しい…。
「ううん。大丈夫。…あのね、十市…」
紳一郎は近くの切り株に腰を掛け、十市に思い切って口を開いた。
…と、その時…。
「十市、馬の準備は出来た?」
甘い綿菓子のような声が背後から聞こえ、紳一郎はびくりと身体を強張らせる。
…振り返らなくても分かる。
…あの女だ…。
蘭子は華やかな黒いタフタの乗馬用の上着に、鮮やかなスカーレット色のふんわりと長いスカートを身につけ、美しくも妖艶な小さな貌に淫蕩な笑みを浮かべながら、現れたのだ。
「はい。奥様…」
十市は蘭子の来訪は承知していたようで、淡々と馬の鞍の確認をする。
息を詰め、身じろぎもしない紳一郎に気付いた蘭子はちらりと視線を寄越す。
「…あら、紳一郎さん。お久しぶりね」
「…お久しぶりですね。母様」
…最近は紳一郎も大人になったので、蘭子に挨拶だけは返すようになった。
「学校はもうお休み?」
…僕の学校のことなんて…これっぽっちも興味なんてないくせに…。
紳一郎は冷めた眼差しで蘭子を見上げる。
「はい。母様」
…最低の母親だが、相変わらず呆れ返るほどに美しい…。
無表情のまま母の貌を見つめ返す。
しかし十市の態度は変わらない。
言葉少なに優しい眼差しで紳一郎を見つめているだけだ。
そんな十市が紳一郎はもどかしい。
…唇にキスをしてくれたのは二年前のクリスマスイブだ。
…あれは…何だったんだろう…。
「キスして」
と懇願したら、唇にキスをしてくれた。
強く強く抱きしめてくれ…
「大好きだ」
と告げてくれた。
…けれど…
あれから特に十市が変わった様子はない。
ずっと優しく紳一郎に接してくれる。
眩しげに見つめはするけれど、そこに欲望は感じない。
…まるで…
弟や子どもに対するような温かい親愛の情のみを感じるだけだ。
だから紳一郎は落ち込んでしまうのだ。
…僕は十市に恋していて、彼に夢中だけれど…。
十市はそうではないのかも知れない…。
紳一郎はため息を吐く。
「坊ちゃん、元気がないですね…」
厩舎で馬に鞍を着けながら、十市は心配そうに紳一郎を見つめる。
「熱でもありますか?」
…十市は優しい…。
「ううん。大丈夫。…あのね、十市…」
紳一郎は近くの切り株に腰を掛け、十市に思い切って口を開いた。
…と、その時…。
「十市、馬の準備は出来た?」
甘い綿菓子のような声が背後から聞こえ、紳一郎はびくりと身体を強張らせる。
…振り返らなくても分かる。
…あの女だ…。
蘭子は華やかな黒いタフタの乗馬用の上着に、鮮やかなスカーレット色のふんわりと長いスカートを身につけ、美しくも妖艶な小さな貌に淫蕩な笑みを浮かべながら、現れたのだ。
「はい。奥様…」
十市は蘭子の来訪は承知していたようで、淡々と馬の鞍の確認をする。
息を詰め、身じろぎもしない紳一郎に気付いた蘭子はちらりと視線を寄越す。
「…あら、紳一郎さん。お久しぶりね」
「…お久しぶりですね。母様」
…最近は紳一郎も大人になったので、蘭子に挨拶だけは返すようになった。
「学校はもうお休み?」
…僕の学校のことなんて…これっぽっちも興味なんてないくせに…。
紳一郎は冷めた眼差しで蘭子を見上げる。
「はい。母様」
…最低の母親だが、相変わらず呆れ返るほどに美しい…。
無表情のまま母の貌を見つめ返す。

