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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第5章 緑に睡る
「…坊ちゃん…」
俯く紳一郎の髪が温かい手に優しく撫でられる。
おずおずと貌を上げる。
夏の陽の光に照らされた濃いアメジスト色の瞳が包み込むように紳一郎を見つめていた。
「…これから川に釣りにいきませんか?…弁当は俺が作ります」
紳一郎は眼を見開いた。
「釣り?」
「いい渓流釣りの場所を見つけたんです。坊ちゃんを連れていこうとずっと考えていたんです」
…大嫌いな母親に会って沈んでいる紳一郎をなんとか慰めようとしたのだろう。
十市の優しい気持ちが嬉しい。
…やっぱり、僕は十市が大好きだ…。
改めてそう思う。

「…行きたい…」
恥ずかしそうに呟いた紳一郎を十市は嬉しそうに見下ろす。
「良かった…」
ほっとしたような笑みを漏らす十市に紳一郎はわざと甘える。
「お弁当は十市が作った鴨の燻製とトマトとクレソンとラディッシュのサンドイッチがいい。あと十市が作ったルパーブのジャムのサンドイッチも。あと甘いクリームティー」
「いいですよ。作ります」
十市は大きな野生的な唇を開いて笑った。
白く整った綺麗な歯並び…。
異国の血を濃く感じる彫りの深い目鼻立ち…。
その濃いアメジスト色の瞳…。
後ろにひとつに結ばれた緩い巻き毛の艶やかな黒髪…。
…やっぱり十市はすごく綺麗だ。
思わずうっとりと見上げる紳一郎に、十市は当たり前のように手を差し出す。
「坊ちゃん。行きましょう」
「…うん…」
…温かい大きな手…。
僕はいつまでこの手を握りしめていられるのだろうか…。
…十市は…
僕が十市に恋愛感情を抱いていると知ったら…十市はどう思うのだろうか…。


紳一郎は慌てて首を振る。
…考えても仕方ない…。
今は…

十市の大きく温かい手を強く握りしめる。
…今はただ、この温もりを感じていたい…。

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