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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第5章 緑に睡る
…紳一郎は目の前の男を凝視する。
口髭と服装以外は三年前と何も変わらない男…。
野生の美しい獣のような男…。
彼もまた紳一郎を瞬きもせずに見つめ返していた。

…紳一郎にふと居た堪れないような不安が押し寄せる。
…自分を抱いた翌日、忽然と消えた男を捜し当て、一体何をしようというのか…。
…もしかして、十市は自分が訪ねてきたことを迷惑だと思っているかも知れないのに…。
そう考えると、胸がきりきりと痛んだ。

「…こんなところにいたんだな…」
まるで責めるような口調になってしまう。
「…はい」
相変わらず、男の口数は少ない。
「…お前が出て行ってから三年か…。随分垢抜けていて、見違えた。…別人かと思ったよ」
…こんなことを言いたいんじゃない。見間違えたりしない。十市がどんなに変わっても、自分は絶対に見間違えたりしない。
…だって…だって…。

十市が自分を見据えたまま、ゆっくりと近づいてくる。
靴一つ分もない距離まで近づかれ、自分の心臓の鼓動を聞かれまいかと、紳一郎ははらはらする。
突然、十市が大きな身体を二つに折り、猛然と頭を下げた。
「すみません!坊ちゃん!許してください」
紳一郎は形の良い眉を上げる。
「…え…?」
「…あんたを…まだ子どものあんたを俺は三年前、欲望に押し流されて抱いた。…あんなこと、許されるはずがないのに…あんたが欲しくて欲しくて堪らなくて、見境もなく抱いた。…あんたが俺を憎むのは当然だ。
許してくれなくてもいい。あんたの気がすむようにしてくれ。
…警察に突き出したいなら突き出してくれ。
俺は喜んで罰を受ける。あんたの心の傷が癒えるなら、なんだってする。…だから…だから…」
呻くように謝罪する男の背中を見つめていた紳一郎の美しい貌がくしゃりと歪んだ。

「…お前は…何も分かっていない…」
震える細い声に十市は恐る恐る頭を上げる。
そしてはっと目を見張った。
…高貴な人形のように端正な白い貌は、透明な涙で濡れていた。
「…警察…?…ふざけるな。…僕が…なんで傷ついているのか…全く…全く分かっていない…!」
「坊ちゃん…」

紳一郎は十市の頑強な胸ぐらを掴み、なりふり構わず叫んだ。
「…なぜ、僕を置き去りにした‼︎なぜ何も言わずに消えたんだ‼︎…なぜ…なぜ、僕を一人ぼっちにして…いなくなったんだ‼︎」

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