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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第5章 緑に睡る
突然、強い力で紳一郎の身体が引き寄せられ、男の分厚い胸に抱き込まれる。
…懐かしい…安煙草と南国の熟れた果実の匂い…。
何度も夢に見た男の匂いだ…。
胸の中に溜め込んでいた哀しみと痛みと怒りと切なさが一気に爆発する。

「離せ!バカ!離せ!離せったら離せ!」
紳一郎は子どものように地団駄を踏み、暴れまくる。
男の胸ぐらを渾身の力で叩き、押し返す。
頑強な男はびくともしない。
紳一郎は涙に溢れた瞳で十市を睨みつける。
「離せ!お前なんか…お前なんか…!」
「坊ちゃん!」
抱きしめた腕の力は少しも緩めずに、十市の掠れた声が気弱に尋ねる。
「…間違っていたら悪いが…あんた…もしかして…俺のことを…ずっと…」

紳一郎はかっと逆上する。
「思うわけないだろう!お前なんか…!…僕を抱いておいて、いらなくなったおもちゃみたいにすぐに捨てるような…そんなひとでなしのお前なんかをずっと…ずっと…愛しているわけ…な…っ…」
三年間の慟哭の言葉の最後は、男の熱い唇に吸い取られ、無理やり封じられる。
「…んんっ…なん…で…」
必死で抗う紳一郎の貌を、大きな温かい手がしっかりと包み込む。
「坊ちゃん…!」
男の大きな肉惑的な唇が愛しげに紳一郎の震える唇を挟み、情熱を込めて奪う。
胸ぐらを叩く力が次第に弱まる。
「…じゅ…いち…」
甘く掠れた声が喉から漏れる。
白い頬を伝う涙は男の唇に吸い取られた。
「…許してくれ…坊ちゃん…!…俺を…許してくれ…」
骨が折れるほど強く抱きしめられ、貌を埋められる。
紳一郎の首筋に温かい水滴が滴り落ちた。
「…十市…」
十市は紳一郎の貌に頬を擦り寄せ、呻くように告げる。

「…あんたを…愛している…許してくれ…」
一度堰き止められた涙が堰を切ったように再び流れ出す。
男のシャツを掴んだ手で、胸ぐらを弱々しく叩く。
「…遅いよ…バカ…バカ…十市のバカ…」

聞きたかった言葉を三年越しに聞き、歓びと安堵と苦しさと…そしてなにより男への狂おしいまでの愛おしいさから、紳一郎は泣き続けた。
…さながら14歳の子どもの頃に戻ったかのように…。


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