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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第5章 緑に睡る
「…十市は…それからどうしたの…?」
三年だ。三年もの間、十市がどうやって生きて来たのか…紳一郎はそれが一番気がかりだったのだ。

十市はゆっくりと立ち上がる。
逞しく精悍な美しい背中を見せながら、小さな作り付けの棚に向かい、二つの簡素なグラスに赤ワインを注ぐ。
その一つを紳一郎に渡す。
「…俺はこの通り、無学で子どもの頃から森番以外の仕事をしたことがなかった。…だから、なかなかちゃんとした仕事に就けなかった。日雇いの人夫や鳶…工場の臨時の仕事…。なんでもやった」
…十市は自然の中で輝く男だ。人見知りも激しいし口数も少ない。
都会の…しかも慣れぬ仕事を見知らぬ人々の中で…どれだけ苦労したことだろう。
紳一郎の胸は痛む。
「…そうだったのか…」

十市は屋根裏部屋を見渡す。
「一年前にここのオーナーと酒場で知りあって、たまたま俺がワインのラベルを全て読めて、洋酒に詳しいことから、バーテンダーの空きがあるから働いてみないか…と勧められたんです。俺はお屋敷でワイン蔵の管理の仕事も手伝ったことがあったから…」
「…へえ…」
十市は紳一郎を見つめ、微笑む。
「坊ちゃんが俺に英語の読み書きも教えてくれたからです」
「…そんな…。十市の努力の積み重ねだよ」
照れたように目を伏せる。

「…ここに仕事を決めた理由は他にもあります。ここに月に一回、歌を歌いに来る歌手がいるんですけど、その人が華族のお姫様だって聴いて…」
紳一郎は眼を見張る。
「え?そうなの?」
「はい。北白川綾香さんという美しい女性です。その人は元々ここの専属歌手だったんですけど、北白川伯爵の落とし胤と判り、伯爵家に引き取られたそうです。その縁で今も月に一回だけステージに立っているんです」
ああ、と紳一郎は合点を生かせる。
「そういえば聞いたことがあるよ。北白川伯爵家の長女の綾香様は浅草オペラの歌手出身だ…て。
…それがこの店だったのか…」
紳一郎は驚く。

北白川綾香は華やかな社交界の花だが、異質な経歴ゆえに常に話題の人物だった。
その天使のような歌声は美しく伸びやかで、紳一郎も一度、慈善事業の夜会で聴いたことがあるのだ。

十市がぼそりと呟いた。
「…貴族の世界は狭い。…だから…ここにいたら…坊ちゃんの話が聞けるかも…と」
「…え…?」
紳一郎は驚き、男を見上げる。
切ないまでの熱い眼差しに捉えられる。

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