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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第5章 緑に睡る
…十市が失踪し、3カ月が過ぎた。
クリスマスも間近な師走のある日、紳一郎は珍しく母、蘭子に伴われ、武蔵野の祖母の屋敷を訪れていた。

…蘭子は鷹司公爵家の一人娘だ。
夫である先代の鷹司公爵を早くに亡くした蘭子の母、蕗子は蘭子に本宅を譲り、随分以前からこの武蔵野の別宅で優雅な一人暮らしをしていた。

屋敷は鬱蒼とした樹木に囲まれたまるで白雪姫の邪悪な魔女が住まう城のようであった。
その壁面は蔓薔薇に覆われ、塔が聳える欧州の古城のような佇まいだ。
…屋敷に住む祖母の蕗子もまた、この退廃したどこか不気味な閉ざされた城に相応しいような女性であった。

昼だというのに陽射しが全く入ってこない豪奢なタペストリーに囲まれた客間で、向かい合わせに座りながら紳一郎は蕗子を見つめた。

…年の頃はもう六十に手が届く頃だと思うのだが、明らかに四十代にしか見えない練絹のような白い肌、黒い絹糸のように美しい髪はきちんと結い上げられており、人形のように冷たく整った貌には品の良い化粧が施されている。
髪を緩く結い、華やかな美貌に濃い化粧を施し、肌も露わなドレスを始終身に纏っている蘭子とは正反対の印象だ。

しかし禁欲的な装いや化粧をしているのにも関わらず、蕗子は蘭子以上に底知れぬ淫靡な淫らさを秘めているような女性であった。

「紳一郎さんのお貌を拝見するのは久しぶりだわ。…まあ、蘭子さんに似てきたこと」
銀の長煙管を優雅に燻らせながら微かに微笑う。
…まるで遊郭の女主人みたいだ…。
蕗子の婀娜めいた仕草を紳一郎は冷ややかに見た。

蘭子の姿はない。
この屋敷の混血の美男子の下僕と共に何処へか消えてしまっていた。

…なんて母親だ。
お祖母様もなぜ諌めないんだ。
いい年をして男狂いが絶えない娘を…。

そんな紳一郎の苛立ちを見透かしたように、蕗子はおかしそうに笑った。
「貴方はお貌は蘭子さんに生き写しだけど、性格は正反対ね。蘭子さんとは反りが合わないようね」

注がれたばかりの熱いダージリンを口に運びながら素っ気なく答える。
「母様と反りが合う人がいたら尊敬します」

蕗子は一頻り笑い、ふっと表情を改めた。
謎めいた瞳を細め、優しいと言ってもいいような口調で尋ねる。
「…紳一郎さん。貴方、自分の父親のことを知りたくない?」
紳一郎は形の良い眉を顰めた。
「…僕の父親…?」




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