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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第6章 いつか、愛を囁いて
玄関ホールに戻った泉を待ち構えていたのは、やや不満げな表情をした薫であった。
薫を認めると泉は、優しい微笑みを浮かべ近づく。
「薫様。もうお車に乗りませんとまた学校に遅刻しますよ」
制服の曲がったリボンタイを直してやりながら促す。
薫は長く濃い睫毛を瞬かせ、泉を見上げる。
「…ねえ、泉。…司さんとは仲が良いの?」
「司様ですか?…いいえ。…寧ろ私は司様に嫌われていますからね」
思い出し笑いをするようにふっと笑う。
そんな泉を見て焦れたように言葉を重ねる。
「泉を嫌う人なんていないよ。泉はハンサムで頭が良くて優しくて…とにかくかっこいいんだから!」
泉はにっこり笑う。
「ありがとうございます。…けれど司様は他にもっとお好きなお方がおられるようですよ」
それを聞いた薫はほっと胸を撫で下ろす。
「…あ、そうなんだ。…良かった…」
泉が薫の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜるように撫でる。
「さあ、薫様。お車にお乗りください。今日も遅刻されたら奥様のお小言が飛びますよ」
「うん。分かったよ」
薫は小走りで玄関を出る。

廊下の奥からクリーム色のふわふわしたドレスを着た菫が走り出て来た。
「泉!菫もお見送りする!」
邪険にされても菫は薫が大好きなのだ。
泉が菫を愛しげに抱き上げ車寄せに立ち、薫の車を見送る。
中庭からカイザーものんびりとやってきて、泉と並んで悠然と座った。
「ではご一緒にお見送りいたしましょう」

泉に抱かれた菫が小さな手を振るのを、薫は車内から手を振り返した。
遠ざかる泉の姿を振り返りながら見つめ、小さく溜息を吐く。

…あれから…泉とは何もない。

あの夏の夜…。
泉とキスを交わし、何度も抱きあった。
…泉に自慰を手伝ってもらった。
泉の熱く硬い性器にも触れた…。

…けれど今ではまるでそんなことは真夏の夜の夢だったかのように、泉は以前のように屈託無く爽やかに薫に接するだけだ。

…やっぱり、僕が大人になるまでは何もしないつもりなのかな…。

ふと昨夜の暁人の言葉が蘇る。
…「…泉は、薫を好きなのかな…?」

薫はむっとして首を振る。
…好きに決まってるさ!
泉は相変わらず僕に優しいし。
泉は僕が大人になるのを待ってくれているんだ。
…そうに決まってる。
絶対に…そうだ…。

薫は自分に言い聞かせるように小さく呟き、革張りのシートに深く背中を預けた。





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