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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第6章 いつか、愛を囁いて
医学部からほど近い弥生町に、真紀の下宿はあった。
…古びた…いかにも苦学生が住むような質素な下宿だ。
パリに留学していた頃の真紀は16区の小洒落たアパルトマンに住んでいた。
彼の父親は貿易商を営み、成功を収めていた。
横浜山下町にあった屋敷は、フランス人外交官の私邸を大金で購入したものだった。
パリに留学する息子への仕送りも当初は潤沢にあった。
真紀はいつも洒落た服装をして、司を様々な社交場に連れて行ってくれた。
…音楽会、オペラ座、美術館、ダンスホール、高級レストラン、そして…
愛を交わし合う為だけに使用した高級ホテル…。

…それが今は…。

家具は本棚と机と椅子、そして簡素な寝台があるだけの質素な…寒々しい部屋だった。

思わず上がり框に立ち竦む司に、真紀は苦笑しながら肩を抱く。
「…お前の部屋のクローゼットより狭いだろう?」
司は慌てて首を振る。
「ううん!…真紀は偉いよ。自立して大学に通って一人暮らししているんだもん。立派だよ。…部屋なんてどんな部屋だっていいよ。真紀は真紀だもん」
真紀はふっと笑うと、司の透き通るように白く滑らかな頬を優しく撫でる。
「…お前は綺麗だな。…生まれた時からずっと善意と愛情だけを食べて成長すると…こんなに眩しいくらいに綺麗な人間になるのかな…」
…だけど、俺は…と、苦く呟く。
「…真紀…?」
心配そうな眼差しをする司の貌を、何かを吹っ切るように引き寄せ、荒々しくくちづけをする。
「…んっ…ま…まって…真紀…まだ…昼間だし…」
性急な真紀のくちづけにたじろいだ司は慌てて抗う。
「関係ないよ…」
慣れた手つきで真紀がコートを脱がせる。
「…話が…したい…の…」
…昨日再会してからまだろくに話もしていない。
真紀に聞きたいことがたくさんあるのだ。
「してからでいいだろう?…お前だって…」
薄く笑い、長く逞しい脚が司の太腿を割る。
「…もう硬くなってる…」
「…やだ…真紀…」
羞恥に首筋を染めた司が身体を離そうとするのを強引に引き摺るように寝台に押し倒す。

艶やかな髪が寝台に広がる。
薄茶色の瞳が切なげに男を見上げる。
真紀はゆっくりと司にのし掛かりながら、懇願するように呟いた。
「俺を拒むなよ…。お前が欲しいんだ…」
急くようにうなじにキスを落とされる。
「…真紀…」
…司はふっと諦めたかのように力を抜き、男の首筋に腕を回した。
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