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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第6章 いつか、愛を囁いて
真紀の教え方はとても分かりやすかった。
数学をまるでミステリーのように紐解いていくようなアプローチをして教えた。
「数学は答えが一つしかない。この世界で一つだけ。曖昧なものがないんだ。綺麗だと思わないか?」
そう言いながらすらすらと綺麗な文字で大学ノートに数式を書き込んでゆく真紀の美しい手と端正な横顔を、司はうっとりと盗み見た。
…ふと、真紀と眼が合う。
抱擁力のある大人な表情…。
元々、年上の成熟した男性に甘えたり憧れたりするのが司の傾向だった。
通っているコレージュは男子校だ。
司は綺麗な容姿から上級生によく可愛がられていた。
恋愛紛いな行為をされかけたこともある。
けれど、恋愛に踏み切るにはまだ子どもだった。
…だけど…。

真紀に優しく微笑まれ、額を指先でつつかれる。
「ちゃんと聴いてるかい?」
司は頬を赤らめ俯いた。
…この人が好きだと、司は泣きたいような幸福のような気持ちの中で腑に落ちたように思った。

「…リセに合格したら、お祝いをしよう」
真紀が司の家庭教師をするようになって一年経ったクリスマスの夜、司の部屋で家政婦が淹れたシナモンティーを飲みながら真紀が提案した。
「司の行きたい店に連れて行ってあげるよ。…何が好き?鴨がいいならトゥールダルジャンだな…」

司は真剣な表情で切り出した。
「…お祝い…なんでもいいの?」
真紀が戯けて笑う。
「パテック・フィリップの時計なんて言わないでくれよ?…そこまで大金持ちじゃないからね」
司は首を振る。
「物じゃない。…あの…」
無垢な薄茶色の瞳が、真紀を見つめる。
「…キスして。真紀先生」
真紀は驚いたように眼を見張り、すぐに一笑した。
「大人を揶揄うんじゃないよ。さあ、もう一回微分のおさらいを…」
司の小さな白い手が真紀の大きな大人の手を握り締める。
「揶揄ってなんかない!…僕は真紀先生が好き。…リセに受かったら、キスして…お願い…」
真紀は司の無垢な美しい瞳を見つめ返す。
「…司…」

…翌年の早春、リセの合格発表を共に見に行った二人はその夜、セーヌ河に掛かるポンデザール橋の上でキスをした。

真紀は司に大人のキスを与えながら、ため息混じりに熱く囁いた。
「…参ったな…。いつの間にか僕は君に夢中だよ…」
…こんな筈じゃなかったのに…。
繰り返される濃厚なキスに幼い司は眩暈のような幸福感の中にいた…。
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