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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第6章 いつか、愛を囁いて
情事のあと、真紀は必ず司を定食屋や食堂に連れて行ってくれる。
「…高級なところに連れて行ってやれなくて…ごめん」
今日は帝大の近くにある蕎麦屋だ。
真紀の端正な貌が寂しげに歪む。
司は首を振る。
「そんなの、いいんだよ…」
…本当は自分がお金を出して、真紀に美味しいものを食べさせてあげたい。
司は心配性で甘い父親から使い切れないくらいの小遣いを持たされている。
…けれどそれは真紀のプライドを傷つけることだから、出来ない。

真紀が連れて行ってくれる店はどこも庶民的だけれどとても美味しい。
日本蕎麦をまだ食べたことがないと言った司の為に蕎麦屋に連れて行ってくれたのだが、注文してくれた海老の天ぷらが乗った蕎麦は熱々で、出汁が効いていて本当に美味しかった。
まだ箸の使い方が覚束ない司の為に、真紀は手を重ねて箸使いを教えてくれた。
「親指と人差し指を使うんだ。中指は支えるだけ…そう。上手いぞ」
…こんなところは以前のままだ…。
優しくて穏やかで、何でも知っていて、頼りになる真紀…。

「ホームステイしている家では和食は出ないのか?」
器用に蕎麦を手繰りながら真紀が尋ねる。
「うん。礼也さんも昔から万事西洋風みたいだし、光さんはリセからパリに渡っていたから、僕とはフランス語で話すくらいなんだ」
真紀はふっと形の良い唇を歪め、皮肉めいた笑いを浮かべる。
「…さすが男爵家だな。この間、偶然通りかかったけれど、松濤の屋敷はフランスの大貴族並みの豪邸だし…。そんなところにお前はホームステイしているんだな…」
そして、やや冷めた眼差しで
「…お前も、ホテル・カザマの創始者の孫だもんな。
あの高輪のホテル…お前のお祖父様が社長なんだろう?お父様はフランスで成功しているからお帰りにはならないかも知れないが、いずれお前が日本のホテル・カザマを継承してもいいんだからな」
「…そんな…。考えたこともないよ…」
…こう言う話をする真紀は苦手だ…。
「…お前は気楽でいいな。羨ましいよ…」
…以前はこんな皮肉を言うような人じゃなかったのに…と、司の心は沈んでゆく。
真紀はクールだけれど、大らかで穏やかな人だったのに…。

黙り込んだ司に、我に返った真紀がばつが悪そうに詫びる。
「…ごめん。…すごく嫌な言い方をした…」
司はぎこちなく笑い、首を振った。
「ううん。…真紀は悪くないよ。謝らないで…」


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