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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第6章 いつか、愛を囁いて
ぴたりと閉じられてしまった扉を前に、泉は途方に暮れた。
「…司様…」
…あんなことを言うつもりはなかった。
もっと穏やかに諭すつもりだったのだ。
けれど、司の白く華奢な首筋に散らされた花のような愛撫の痕を眼にした瞬間、思わず毒のある言葉を吐き出したくなったのだ。
…司様が悪い訳ではないのに…。

…俺は…なにをやっているんだ…。
明らかに恋に悩んでいる司に、追い打ちをかけるように追い詰めるような言葉をぶつけてしまった。
重い溜息を吐く。

「…泉…どうしたの?」
はっと振り返ると、背後に心配そうな貌をした薫が立ち竦んでいた。
「薫様…」
「…司さんと何かあったの?」
慌てて笑顔を取り繕う。
「いいえ。何もありませんよ。大丈夫です」
「…でも…。なんだか喧嘩していたみたい…」
薫が扉の方を振り返る。

泉はさり気なく薫を廊下に導き、手を引く。
「喧嘩などしていませんよ。…ちょっとした冗談です。薫様がご心配になるようなことではありません」
突然、薫が泉の胸に抱き着いた。
「泉…!…心配なんだよ。…最近泉は司さんのことばかり見ている。…もしかして泉は…司さんのことを好きなんじゃないの?…」
「…薫様…」
泣き出しそうな薫の大きな瞳を見つめ、泉はふっと安心させるように笑いかける。
「あり得ません。私は使用人です。司様を好きになるなど、考えたこともありません」
きっぱりと言い放つ。
「…でも…!」
「さあ、薫様。そろそろ晩餐のお時間です。お召替えのお手伝いいたします」
泉に促され、薫は言葉を飲み込み頷いた。

薫の手を引きながら、自分の言葉を噛みしめる。
…司様を好きになるなど、あり得ないことだ…。
そうして、脳裏に浮かんだ司の潤んだ薄茶色の瞳をも振り払うように頭を一振りし、薫の部屋へと進んでいったのだった。




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