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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第1章 夏の華
庭先に吊るした風鈴が軽やかな音を立てて鳴った。
暁は読んでいた本を閉じて、立ち上がる。
昼間は蒸し暑かったが、夕闇が迫る頃には大分涼風が立つようになった。

可愛らしい音を立て、涼を呼ぶ風鈴は月城が買ってくれたものだ。
蒼い硝子の涼し気なそれは愛らしい金魚が描かれている。
暁はそっと微笑んで、白い手で触れてみる。
…風鈴があると耳だけでも涼しくなりますよ…。
そう言って縁先に難なく吊るしてくれた男の高い背と、すらりとした後ろ姿を思い出す。

月城の気持ちが嬉しくて、黙って背中から抱きついた。
月城はそっと暁の手を握りしめてくれた。

暁は漸く薄暗くなり始めた、天空を振り仰ぐ。
…雨が降らなくて、良かった…。
花火見物の子どもが、がっかりしなくて良かった…。
大川の川縁でドキドキしながら花火が打ち上がるのを待ち焦がれている子ども達を思い浮かべながら、そっと微笑む。

本の続きを読もうと書斎に戻ろうとした時、庭先の垣根から慌ただしい足音が聞こえたかと思うと、潜り戸の前に月城の姿が現れた。
暁は驚きの余り眼を見張る。

「月城?どうしてここに?君は、北白川伯爵のお供で宮中…」
「暁様、急いでご用意ください。浴衣が間に合いました!」
月城が端正な貌を輝かせ、暁に風呂敷に包まれた浴衣を掲げて見せた。
「…え?…浴衣…て…」
月城が茫然と縁先に立つ暁の前まで来る。
「…これを着て、ご一緒に大川の花火を見ましょう」
暁の切れ長の大きな黒い瞳が見開かれる。
「…え…?…花火って…月城…」
「ご一緒にまいりましょう。…お待たせいたしました」
月城が愛し気に暁を見上げ、微笑む。
「…だって…君は…宮中参拝に…」
「狭霧さんに代わっていただきました。私が暁様と花火が見たくて…」
月城は穏やかに暁を見つめる。
暁の白い頬に透明の涙が伝いだす。
震える声で、呟く。
「…どうして…?陛下にお眼にかかれる名誉だったのに…君も嬉しそうにしていたのに…」
月城が暁の手を強く引き、庭先でその華奢な震える身体を抱きすくめる。
「…陛下にはいつかきっとお眼にかかれます。けれど、暁様と見る花火は…今年の夏は二度と戻ってきません。…私は貴方と花火が見たいのです」
月城のひんやりした手が暁の涙を優しく拭う。
「…君は馬鹿だ…馬鹿だ…」
暁は子どものように泣きじゃくり、月城はそんな暁を愛し気に抱きしめた。
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