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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第6章 いつか、愛を囁いて
真紀の下宿に着く頃には雪は本降りになってきた。
司はテイルコート一枚で飛び出してきたことを激しく後悔していた。
…コートくらい着て来るべきだった。
司は震えながら真紀の部屋を見上げる。
まだ真っ暗なままだ。
…きっと教授の手伝いが長引いているんだ。
そう信じて司は真紀を待ち続けた。

…小一時間も待ち続けた頃には玄関先にも雪が積もり始めた。

…と、下宿の前の道から車のエンジン音が聞こえてきた。
司は門の前に身を潜め、辺りを窺う。

一台の舶来車が下宿の前で止まった。
ドアが開く音の後、弾むような若い女性の声が聞こえた。
「…今夜は本当に楽しかったですわ。…お母様はすっかり貴方がお気に入りよ。真紀さんは優秀だし…何しろハンサムですもの」
真紀の照れたような笑い声が続く。
「恐縮です」
「早く婚約のお披露目会をなさいとせっつかれましたわ。お父様は早速帝国ホテルに予約の電話をしていましたわ。2月ですって。…でも私がお披露目会に着る加賀友禅のお着物が間に合うかしら…」
夢見るようなうっとりとした女の声…。
「…しかし、私はまだ医学生ですし…。そのような華々しいことは…」
「いいえ。真紀さんはいずれ我が国枝総合病院を継がれる方なのですから、お披露目はきちんとしなくてはなりませんわ。…費用のご心配はなさらないでね。真紀さんには華やかな場所や肩書きがお似合いになる方なのですから…。堂々となさって下さいね」
「…禮子さん…」
「来年のクリスマスは私達は夫婦として過ごせるのですわね。待ち遠しいわ…」
「…僕もですよ…」
…暫く会話が途絶えたのは、二人が抱擁しあっているからだろう。
見なくても分かる。
見たくない。
信じたくない。
…こんなことは悪い夢だ…。
けれど、夢にしてはあまりに生々しすぎる…。
司は目を瞑り、身を硬くしていた。

「…ではまたご連絡いたしますわ。お休みなさいませ、真紀さん」
「お休みなさい。禮子さん」

…ドアが閉まり、車が通り過ぎる音が聞こえる。
やがてゆっくりとした足音が近づいてきた。
司は意を決して、門の前に姿を現した。

「…司…!お、お前…!」
目の前に現れた司の姿に、端正な真紀の貌があからさまに狼狽した色を帯びる。


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