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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第9章 さよなら、初恋
…薫はもう寝たかな…。
暁人は寝台に横たわり、読みかけのオスカー・ワイルドの小説を胸に伏せた。

食事のあと、入浴の支度が出来たと呼びに来た家政婦に素直に従って浴室へ向かった薫の後ろ姿を思い出す。
…華奢な頼りなげな背中をしていた。

…薫から泉が司と愛しあっていたと聞かされた時、一番に案じたのは薫の傷ついた心だった。
両親の前でなりふり構わずに暁人に縋り付いて来た薫…。
よほどショックだったのだろう。
子どものように無防備に泣き出した薫がいじらしくて堪らなかった。

泉と司が愛し合うことは、暁人には好都合のはずだ。
泉は暁人にとって最大の恋のライバルだったからだ。
しかし実際に憔悴しきった薫を目の当たりにすると、薫が可哀想でならなかった。

…僕も甘いな…。
羽布団に貌を埋めながら苦笑いする。
…仕方ない。
僕は薫が心底好きだから…薫のことはつい甘やかしてしまうんだ。

…でも泉も思い切ったことをしたな…。
司さんとそんな仲になるなんて…。

ふと司の華やかないかにも海外育ちの洗練された美しい容姿を思い浮かべる。
どこか小悪魔的な煌めきを秘めたひとだ。

司とはまだ数回くらいしか会ったことはないが、泉と恋仲に堕ち入るような雰囲気は全く感じられなかった。
泉は薫が気を揉むくらいに男女問わずもてる執事だ。
彼の恋のはなしはなんとなく耳には入ってきていたが、全てその場限りの泡沫の恋だった。
…だからまさか暁小父さまの親友の息子の司さんと恋に堕ちるなんて…。

…恋は落とし穴に落ちるように不意に襲われてしまうものなのだな…。
暁人はため息を吐く。

…薫は…いつか僕に恋してくれるのかな…。
きわどいキスは何度もしたし、お互いの精を放つような性的行為もした。
でも薫は自分が恋しているのは泉だと言い、暁人にはつれない態度ばかり取っていた。
快楽に弱い薫は、暁人が強引にキスしても決して拒まないのに…。
…我儘で狡い薫…。

…でも…。
もう何度吐いたか分からないため息を吐く。
…でも、そんな薫が大好きなんだから仕方ない…。
我儘で狡くて…でも寂しがり屋で甘ったれで可愛くて…。
つれなくされても愛さずにはいられない…。
それが恋だから仕方ない…。

…そろそろ寝ようかと、ランプに手を伸ばした時…。
小さなノックの音が聞こえた。
そっと扉が開く。
暁人はベッドから身を起こした。

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