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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第9章 さよなら、初恋
縣家から泉が薫を迎えに来たのは翌々日のことだった。
前日も泉は迎えに行きたいと大紋に申し出ていたのだが、薫が難色を示したので諦めたのだった。

「箱根の別荘から礼也や光さんたちもお帰りになったそうだよ。…そろそろ薫くんもちゃんと泉と話した方が良いのではないか?」
そう大紋に諭され、渋々薫は帰ることにしたのだ。

大紋家の玄関ホールには執事の黒い制服姿の泉が佇んでいた。
薫が暁人とともに大階段から現れると、そちらの方を振り仰いだ。
「…薫様…」
泉はやはりとてもハンサムで精悍ですらりとした長身は西洋人と比べても遜色のない美しいスタイルで雄々しく…その姿を見ると薫の胸はきゅっと切なく締め付けられた。
「…お迎えに上がりました…」
万感の想いを込めた声が泉の口から発せられた。
「……」
薫は拗ねた子どものように俯いたきりだ。

暁人が二人を取りなすように声をかける。
「さあ、薫…。ちゃんと泉と話すんだ。
…泉、薫の話を聞いてあげてね」
大人びた暁人の心遣いに泉は眼を見張り、丁重に頭を下げた。
「暁人様。…ありがとうございます。感謝申し上げます」

さあ薫様…と促され、薫はそれでも素直に泉に従った。
泉は自らダイムラーを運転してきていた。
薫を乗せると、車はなめらかに発進し、やがて大紋家の青胴の高い門扉の奥へと消えていった。

「薫さんは泉さんと喧嘩でもなさったのかしら?」
暁人と並んで薫を見送りに出ていた絢子が無邪気に尋ねる。
「…ええ。…でも薫ももう泉から卒業するべきなんです。
薫のことをもっと想っている人は他にもいるんですから…」
柔らかい言い方ではあったが、きっぱりとした言葉に大紋は一瞬はっとしたように眉を上げ、傍らの息子を見つめた。
「…暁人…。お前、もしかして…」
暁人が父親を見上げる。
清潔で真摯な…揺るぎない眼差しを感に耐えたようにしみじみと見つめ…やがて静かに微笑むと、息子の肩に手を置いた。
「…いや、いい。…薫くんを…大切にしてあげなさい」
そう言い置くと、絢子の腰に手を回し玄関ホールへと入っていった。
「…お父様…。ありがとうございます」
暁人は両親の後ろ姿を見ながらそっと微笑んだ。

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