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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第9章 さよなら、初恋
扉を開くと、そこに司の姿はなかった。
「司様?」
足早に中に入る。
奥のドレッシングルームから、がたごとと慌ただしい物音が聞こえた。

近づくと…司がクローゼットの奥からルイ・ヴィトンのスーツケースを取り出しそこに手当たり次第、洋服や靴、コートなどを詰め込んでいた。
「何をなさっているのですか?」
司は無言で荷造りしている。
繊細な西洋人形のように整った貌は氷のように冷ややかだ。
「どこかにお出かけですか?」
「……」
「旦那様はご存知ですか?」
「……」
貝のように口を閉ざした司に困り果て、泉は傍らに片膝を着くと懇願するように口を開いた。
「…黙っていたら分からない。訳を話してくれ。司…」
呼び捨てにされ、司の華奢な肩がびくりと震える。
洋服を詰め込んでいた手を柔らかく握りしめられ、唇をきゅっと噛み締める。
男を振り仰ぎ、吐き捨てるように小さく叫んだ。
「嘘つき。…大嫌い!」
「へ⁈う、嘘つき⁈」
司は音を立ててスーツケースを閉じ、鍵を掛ける。
「待ってくれ。俺がいつ、どんな嘘を吐いた?ちゃんと話してくれ」
肩を抱かれ、その手を邪険に振り払う。

「…僕より…」
「うん?」
「僕より薫くんの方が好きなんでしょ?」
薄茶色の瞳が激しく泉を睨みつける。
あっと息を飲み、泉は思わず黙った。
その様子をつぶさに見ていた司は、冷たく眼を眇める。
「…やっぱり…!」
立ち上がり、スーツケースをズルズルと引き擦りながら部屋を出て行こうとする司を、泉は慌てて押し留める。
「待てよ、誤解だ。そういう意味じゃないんだよ。…俺が言ったのは…」
「誤解もなにもないよ!僕より薫くんの方が好きで大切なら、彼を恋人にすればいいじゃない!…お邪魔虫は消えるから、お好きにどうぞ」
重そうにスーツケースを持ち上げ、部屋を出ようとする司に思わず
「俺が持つよ。…じゃなくて!話を聞けよ!」
「何?偉そうに…。一度寝たらもう自分の女みたいな言い方…。真紀と同じだよ」
司の元恋人と同じと言われ、かっとなった泉は声を荒げる。
「あんな奴と一緒にするなよ!」
「…嘘つきは皆、一緒だよ!」
二人は無言で睨み合いを続けた。



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