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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第9章 さよなら、初恋
泣きじゃくる薫の洟を暁は優しくかんでやる。
「泣き止みなさい。薫。もう分かったから…」
薫の部屋で二人きりになった途端、彼は暁に抱きついて号泣し始めたのだ。

「…ぼっ…僕が司さんに嘘を吐いたんだ。…これから司さんが泉を独り占めするのかと思ったら…悔しくて…寂しくて…。僕はずっと泉が好きだったのに…僕はまだ子どもだから…泉に選んでもらえなかったんだ…なのに司さんは…僕から泉を奪って行くんだ…!
だから…」
暁は静かに口を開いた。
「…だから、司くんに嘘を吐いたの…?
…泉と薫は肉体関係があった…なんて嘘を吐いて?」
しゃくりあげながら薫は首を振った。
「ま、まるっきり嘘じゃないもん!せ、泉は…僕にキスしてくれたもん!…あ、あと…自慰も手伝ってくれたもん!」
「え⁉︎」
暁がぎょっとしたように眼を見張った。
「…じ、自慰って…」
「僕がしてって言ったんだ。無理やり泉にされた訳じゃない…。泉は駄目だって言ったんだけど…僕が泉の恋人にして欲しかったから…」
胸を撫で下ろした暁は、小さく溜息を吐いた。
「…そう…」
…そしてまだ泣いている薫をじっと見下ろし、静かに語り始めた。
「…やっぱり薫はまだ子どもだね。自分の吐いた嘘が愛する人をどれだけ苦しめるのか…考えたこともない。
それだけじゃない。君が吐いた嘘で司くんが泉を見限るかも知れないことや…その話が兄さんや司くんのお父様の耳に入って泉が解雇されるかも知れないと、考えはしなかったの?」
薫は涙に濡れた眼を見張り、息を呑む。
「え…⁉︎」
「…人を愛するということは、その人の幸せを考えることなんだよ」
「…暁叔父様…」
暁は薫の前に跪き、薫の心に届くように真摯に語りかける。
「泉は、薫を我が子のように大切に護ってきた。それは僕が誰よりもよく知っている。…だから泉は薫を恋人にすることはないだろう」
哀しげに項垂れる薫の髪を掻き上げてやる。
「……」
「…薫、どんなに愛していても、叶わない恋はあるんだよ。どんなに辛くても、諦めなくてはならない恋もある…」
その哀しげな声に薫は思わず貌を上げた。
「…叔父様…」
「うん?」
遠慮勝ちに尋ねる。
「…叔父様も…そんな恋をしたことがあるの?」

繊細な玻璃のような美貌にふっと儚げな微笑みを浮かべる。
かつての恋に想いを馳せるような、切ない眼差し…。
「…昔の話だよ…」



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