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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第9章 さよなら、初恋
翌日の夕方、司は縣家が差し向けた車で帰宅した。

風間の祖父母は大層寂しがり、なかなか司を離そうとしなかった。
「どうしても帰るの?司ちゃん。…なにも縣様のお宅でお世話にならず、ここから通えばいいのに。ここが気詰まりなら貴方のために離れを建てても良いのよ?」
祖母はいつまでも司から離れようとしなかった。
渡仏する前から祖母は司を眼の中に入れても痛くないほど可愛がっていた。
忍と半ば和解できたのは、司や瑠璃子の近況を手紙や写真で介して祖母の孫を可愛がる感情が伝わってきたからだ。
「気詰まりなんてそんな…。
僕はお祖父様とお祖母様が大好きですよ。
お祖母様、たびたび帰るようにしますから…」
司はもう涙ぐんでいる祖母を優しく抱きしめた。

「…きっとまた貌を見せてくれよ、司。…お前は私達の生き甲斐なのだから…」
ホテル王として未だに威厳を放つ彼はしかし、司の前では孫を溺愛するただの祖父であった。
彼の密かな願いは孫の司がこの家に戻り、妻を迎えて風間の家とホテル業を継いでもらうことだった。
フランス語や英語を母国語のように操り、パリの社交界仕込みの教養や知性、優雅な社交術を身に付けた司はホテル・カザマの後継者に相応しいと熱望していたからだ。
息子の忍はパリに幾つかホテル事業を展開し、成功を収めていた。
何よりも愛する妻を守る為にもうフランスに骨を埋める決意をしている今、彼の頼みの綱は司だけであった。

「はい。お祖父様」
司はその華やかで美しい貌に輝くような優しい笑みを浮かべた。
風間の祖父母はこの類稀なる美貌の自慢の孫が男爵家に帰ってゆくのを寂しさを隠さずに見送ったのであった。
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