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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第11章 海に映る星と月
凜の婚家が用意したという黒塗りのハイヤーで程なく雪道を走ると、立派な門構えのまだ真新しい数寄屋造りの一軒の家に到着した。
「旦那さんの両親が潤が産まれた年に建ててくれた私たちの家なんよ。
旅館取ろう思うたけど、ここなら私らしかおらんし、暁様もゆっくりしていただけるんやかないかと思うてね」
優しい心遣いもだが、冷静に的確な選択を出来る聡明さは兄譲りのようだ。
「凜。色々気を遣わせてしまって済まないね」
月城が気遣わし気に告げるのに、凜は明るく首を振る。
「何言うとるの。兄さんと暁様が来てくれるの、ずっと楽しみにしとったんよ。
…さあ、暁様。上がってください。寒かったやろ?」

凜の案内で、広い玄関から中に入る。
金沢の町家の意匠を取り入れた落ち着いた品の良い内装だ。
凜の婚家は代々村長の家柄で、夫は旧制中学を卒業してから東京に出て来ていた。
帝大を卒業したのちに大銀行に勤めていたが、父親が体調を崩したのを機に、村長の職を継ぐべく故郷の村に帰ってきたのだ。
そこで友人に連れられ月城の母が切り盛りしている定食屋を訪れ、母を手伝っていた凜に出会い一目惚れした。
凜の夫は、熱烈に求婚を繰り返し、凜と一緒になれないくらいなら村を出るとまで言い出し、両親を説得し、結婚に漕ぎ着けた。
「凜さんは僕の生き甲斐です。ずっと側にいてください」
そう跪いて求愛したという夫の貌を婚礼写真で見たことがあるが、思春期の頃には東京に出て生活をしていたせいか理知的で垢抜けた雰囲気の好青年であった。
最初は家の格差から凜が辛い思いをするのではないかと月城らは案じていたが、凜の美しさと利発さと気立ての良さは夫の両親にも気に入られ、いまではすっかり馴染んでいて、堂々たる若奥様ぶりであった。

磨き上げられた檜の廊下から軽い足音が聞こえてきた。
「おかあちゃま!」
「潤!ええ子でおった?」
ぱたぱたと駆け寄る幼子を凜が満面の笑みで抱き上げる。
「うん!おばあちゃまと、ねえやとおるすばんしてた!おかあちゃま、おじちゃまたちきたの?」
「いらしたんよ。潤、ご挨拶しなさい」
抱き上げられた二つばかりの子どもははにかみながら、しかしきちんと頭を下げた。
「こんにちは」
…月城にどこか似た整った面差しの男の子だ。
暁は胸一杯に溢れる様々な想いを堪え、微笑んだ。
「こんにちは。潤くん。初めまして…」
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