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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第11章 海に映る星と月
通された客間は洋室であった。
東京暮らしが長かった凜の夫、鶴来修一は趣味もとてもハイカラで、欧州の家具や調度品などを東京から取り寄せ、和洋折衷な洒落た家を作ったらしい。
東京でもなかなかお目にかかれないガレのランプやロートレックの絵画など、凜の夫の美的センスの良さを物語っていた。
子どもを世話するねえやも雇い、奥には台所を手伝う女中もいるようだ。
凜が如何に経済的に恵まれた生活をしているのかが、手に取るように分かる住まいだった。
傍らの月城が安堵の表情をそっと浮かべていたのを、暁は見て取った。

洋室の椅子に座っていたのは、小柄な白髪の老婆であった。
地味だが仕立ての良い紬を着た老婆は、月城と共に入って来た暁を見るなり、直ぐに立ち上がり深々と頭を下げた。
「暁様でいらっしゃいますね。初めまして。月城 楓でございます。こんな田舎まで足をお運びいただき、恐縮でございます」
整った品の良い目鼻立ちや穏やかな語り口に、月城の面影を見出す。
月城の母はとても緊張しているようだった。
…それもそうだろう。
貴族と名のつく人物と対面するのはこれで二度目…月城を給費生として見出してくれた北白川伯爵の次に、縣男爵の弟の暁なのだ。
縣家と北白川家の繋がりを知っているのか…なぜ男爵家の人間が月城と同行して訪れたのか…恐らく疑問に思いながらも、失礼のないように恭しく対応しているに違いない。

暁は丁寧にお辞儀をし、挨拶をする。
「初めまして。…縣 暁です。お目にかかれて光栄です」
…月城のお母様は僕のことをどう思っているのだろう…。
暁は胸が締め付けられるような不安を覚えた。
…凜さんにしてもそうだ。
僕と月城の関係をご存知で、こんなにご親切にしてくださっている訳ではないだろう…。
暁は、本当に自分がここに来て良かったのか…不意に心許ない不安を感じ、押し黙ってしまった。

その心の内を察知したかのように、月城が静かに口を開いた。
「…母さん、凜。今日は二人に大切な話をしたくてここに来た。その為に、暁様にもご一緒していただいたのだ」
「…月城…」
話が早くも核心に触れそうで、暁は焦燥感に駆られた。

さり気ない素早さで、凜が抱いていた潤を姉やに託す。
「八重ちゃん、潤に早めの夕餉を食べさせてくれる?
…潤。八重ちゃんの言うことを良く聞くんよ。あとでいきますからね」



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