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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第11章 海に映る星と月

…それは海に面した入り組んだ崖の上にせり出すように建てられた小さな古びた教会だった。
遠くから見るとアイルランドの荒野に佇む荒涼とした教会のようだ。
「…ここは…?」
教会の今にも朽ちかけそうな扉に手を掛けた月城に尋ねる。
煉瓦造りの壁に触れながら月城が答える。
「…ここは私が中学を卒業してから独学でずっと勉強していた教会です」
暁は眼を見張った。
…そういえば聞いたことがあった。
貧しくて中学以上の学校に通えなかった月城は慈善活動で教会の一室を図書室として解放していた神父の元、ひとりこつこつと勉学を進めていたのだ。
教会の中に暁をいざないながら、説明する。
「以前お話ししたと思いますが、私はここに給費生を探しにこられた北白川伯爵によって見出して頂いて、東京のお屋敷で執事見習いとして働くことになりました。大学の推薦状も書いて頂きました。
奨学金を頂けたとはいえ、他にも様々掛かるものも全て旦那様が払って下さいました。…旦那様は私の母にも過分な支度金まで下さったのです」
…月城の瞳には誰よりも敬愛する伯爵の面影が灯されているようだった。
北白川伯爵は真の貴族とも言うべき、慈悲深い紳士だったのだ。
「…ここから私の人生は変わったのです」
埃だらけの螺旋階段を昇り、小さな図書室に入る。
古びた本棚にはしかし、この小さな漁村には似つかわしくない洋書や美術書、辞書、難解な問題集などが雑然と置かれていた。
一冊を手に取り、懐かしげに口を開く。
「…私にとってこれらの本は魔法の本でした…」
「魔法の本?」
「本を読み、勉学を重ねればいつかはこの本に書かれているような世界に行ける…ここから抜け出せる…。
そう自分に言い聞かせていたのです」
「…そうして君は、梨央さんに出逢ったんだね…」
…北白川伯爵の掌中の珠とも言うべき、美しく可憐で清らかな深窓の令嬢 梨央…。
月城は梨央に長きに渡り恋をしていた。
あの頃の礼也もまた献身な騎士のように梨央にひたむきな愛情を注いでいた。
北白川伯爵の絶大な信頼を得ていた礼也は梨央が16歳になると、熱烈な求婚をした。
見目麗しく頼り甲斐のある優しい礼也を梨央が拒む筈はない。
父、伯爵の命に背くような娘でもない。
…もし、相手が礼也でなければ…
月城は梨央を諦めなかったのではないか…。
未だにそのことを思うと、暁の胸は微かに疼くのだ。
遠くから見るとアイルランドの荒野に佇む荒涼とした教会のようだ。
「…ここは…?」
教会の今にも朽ちかけそうな扉に手を掛けた月城に尋ねる。
煉瓦造りの壁に触れながら月城が答える。
「…ここは私が中学を卒業してから独学でずっと勉強していた教会です」
暁は眼を見張った。
…そういえば聞いたことがあった。
貧しくて中学以上の学校に通えなかった月城は慈善活動で教会の一室を図書室として解放していた神父の元、ひとりこつこつと勉学を進めていたのだ。
教会の中に暁をいざないながら、説明する。
「以前お話ししたと思いますが、私はここに給費生を探しにこられた北白川伯爵によって見出して頂いて、東京のお屋敷で執事見習いとして働くことになりました。大学の推薦状も書いて頂きました。
奨学金を頂けたとはいえ、他にも様々掛かるものも全て旦那様が払って下さいました。…旦那様は私の母にも過分な支度金まで下さったのです」
…月城の瞳には誰よりも敬愛する伯爵の面影が灯されているようだった。
北白川伯爵は真の貴族とも言うべき、慈悲深い紳士だったのだ。
「…ここから私の人生は変わったのです」
埃だらけの螺旋階段を昇り、小さな図書室に入る。
古びた本棚にはしかし、この小さな漁村には似つかわしくない洋書や美術書、辞書、難解な問題集などが雑然と置かれていた。
一冊を手に取り、懐かしげに口を開く。
「…私にとってこれらの本は魔法の本でした…」
「魔法の本?」
「本を読み、勉学を重ねればいつかはこの本に書かれているような世界に行ける…ここから抜け出せる…。
そう自分に言い聞かせていたのです」
「…そうして君は、梨央さんに出逢ったんだね…」
…北白川伯爵の掌中の珠とも言うべき、美しく可憐で清らかな深窓の令嬢 梨央…。
月城は梨央に長きに渡り恋をしていた。
あの頃の礼也もまた献身な騎士のように梨央にひたむきな愛情を注いでいた。
北白川伯爵の絶大な信頼を得ていた礼也は梨央が16歳になると、熱烈な求婚をした。
見目麗しく頼り甲斐のある優しい礼也を梨央が拒む筈はない。
父、伯爵の命に背くような娘でもない。
…もし、相手が礼也でなければ…
月城は梨央を諦めなかったのではないか…。
未だにそのことを思うと、暁の胸は微かに疼くのだ。

