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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第11章 海に映る星と月
外に出た二人は潮風に吹かれながら教会を振り返る。
「…ここはもう近々取り壊されるのだそうです。…神父様も随分昔に他界され…跡を継ぐ後継者は現れなかったそうで…」
「…そう…」
月城の瞳に懐かしさと密やかな惜別の色を感じ取る。
「不思議なものですね。…ここの記憶は良いものばかりではなかったのに…とても懐かしいです。当時私はこの貧しく鄙びた漁村から早く抜け出したかった。…故郷に愛着などなかった。家族は好きでしたが、この村は嫌いでした。ここにいるから自分や家族は貧しく苦しい生活を強いられているのだと恨んでいた。
…私たち家族を捨てた父親を恨むのと同じくらいに…」
月城がゆっくりと海を見下ろす。
まだ冷たい初春の風が、月城の漆黒の髪をなびかせる。
「…けれど、今はただ懐かしい…。私も歳を取ったのでしょうね」
ふっと笑う月城の胸に貌を埋める。
「…僕は…君が羨ましいよ…」
「暁様?」
「…懐かしい故郷に大切な家族…。お母さんや凛さん、潤くん…。ここには君を愛するひとがいる…とても温かい場所だ…」
月城を見上げる暁の瞳が哀しげに微笑む。
「僕には故郷はないし、僕を愛してくれた母さんもいない。…僕も母さんに…親孝行したかった…。
…母さんに君を紹介したかった…」
…暁が住んでいた浅草の貧乏長屋は既に取り壊されている。
辛く悲しい記憶しかない…決して帰りたい場所ではないけれど…。

月城の胸は締め付けられる。
冷たい潮風から暁の白い頬を守るように両手で覆う。
「…もう、ここは貴方の故郷ですよ。…母が申した通り…私の故郷は貴方の故郷なのですから…」
暁のしっとりと濡れた黒曜石のような瞳が幸せそうに細められた。
「…ありがとう、月城…」
…じゃあ…と、暁が少し悪戯めいた表情で笑った。
「…親孝行をしにいこう」
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