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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第11章 海に映る星と月
暁に対し、驚くほどに率直に激しく愛の言葉を語る森は、とても情熱的で生き生きとしていたのだ。
初めて見る息子の新しい面に楓は驚きとともに感慨のようなものを抱いていた。
…森は本当は内面に激しい心を秘めている男やったんやな…。

森がまだ若い頃、村で唯一ある旅館で下働きの仕事をしていたことがある。
その旅館の一人娘は美青年の森に一目惚れし、恋に堕ちた。
森は一線を引いた態度を取っていたらしいが、娘は森に夢中になった。
そのことが旅館で働く年長の従業員たちの反感を買い、森は言われのない酷い虐めを受けた。
それからはその旅館を辞め、烏賊釣り漁船に乗ったり、港の市場で働いたりと極力色恋の揉めごとに巻き込まれないような職場を選んでいたようだ。

東京の伯爵家に仕えるようになってからの森の色恋沙汰は知る由もなかったが、楓は森は女嫌いになっているのではないかと懸念していた。
また、長年独身を貫いているのは、大貴族に仕える執事は独身者が多いらしいと知ってからは、息子の忠誠心に感銘を受けてもいた。

森が男爵家の子弟と恋仲にあり、結婚までしたと告白されても、それほど驚きはなかった。
なぜなら、暁のこの世のものとは思えないような優美な…やや婀娜めいた美貌を初めて見て、堅物と思われた息子が惹かれ、愛してしまうのは無理からぬことかも知れないと腑に落ちたからだ。

三十半ばを超えたとは到底思えぬ練絹のような白く美しい肌、形の良い眉、長く濃い睫毛はけぶるようで、その下の黒目勝ちな大きな瞳はしっとりと潤んで見る人の心を溶かさずにはいられない魅力に満ちていた。
細く整った鼻筋、唇は咲き初めた桜のように可憐な色をしている。
…女はおろか男の心も鷲掴みにせずにはいられないような妖しく艶めいた暁の美貌を見て、息子の心を慮る。
…森はこの美しいひとに身も心も絡め取られてしもたのかもしれんなあ…と。
けれどそれが森の幸せならば、それも良いのではないか…と、思い至ったのだ。

常連客に朗らかに応対している暁を見つめている森と目が合う。
「…ほんまに綺麗な方やねえ…あんな方がいらっしゃるんやねえ…」
息子は少し照れ臭そうに笑った。
楓はそっと尋ねる。
「あんた、今、幸せなん?」
直ぐに森は頷いた。
「幸せだよ、母さん」
…臆面もなく…と小さく笑いながら楓は息子に微笑んで見せた。
「あんたが幸せなら、それでええ」
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