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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第12章 その愛の淵までも…
その日も藍川は吉原の料亭、三日月楼に染乃を呼び、奥座敷で誰も寄せつけずに二人で愛を交わし合っていた。

…藍川を男にしたのは染乃であった。
まだ口づけも知らぬ清い身体の藍川に愛欲のいろはを手を取り脚を取り丹念に教えていった。
嫩い青年が手練れた女の身体に溺れてゆくのは火を見るより明らかであったが、染乃もまたこの美しく純粋な青年に初めてとも言える新鮮な気持ちを持った。
15で浅草の海苔問屋の主人に水揚げされてから、様々な年長の富裕な男達に抱かれてきた染乃にとって自分より年若の…初心な青年と愛を交わすことは初めての体験だったのだ。
「…染乃…僕を愛している…?」
青年は会うごとに染乃に熱っぽく尋ねる。
そんな藍川を染乃はとても可愛いと思い始めていた。
…けれど…

「…そんな言葉、あたしみたいな芸者風情に簡単に使っちゃいけませんよ。坊ちゃん…。
いつかご一緒になる良家のお嬢様に取っておおきなさい」
まだ火照りが残る白い身体に緋色の襦袢を物憂げに羽織る。
流し目をくれて軽くいなすと、藍川はむっとしながら染乃を背中から抱きしめた。
「なんでそんなこと言うんだ!僕はもう染乃しか見えないのに…!」
藍川の身体からは品の良い白檀の香りがした。
…女を知ってもまだ穢れない清らかな香り…。
染乃は青年の品の良さと純潔さを嬉しく思いながらも、自分との差異を感じ、もの哀しく微笑った。
そんな微笑を見て藍川は、むきになって染乃の甘い白粉の香りがするうなじに口づける。
「…愛しているよ、染乃…。染乃を独り占めしたい…誰かと共有するのは嫌だ…!」
「…坊ちゃん…」
青年の一途な言葉に胸が締め付けられる。

染乃に決まった旦那はまだいなかったが、半玉の頃から世話をしてくれる馴染みの旦那衆は幾人かいた。
芸者は芸を売るが身体は売らないという言葉は表向きのことと染乃が知ったのは、水揚げ後直ぐのことだった。
「染乃は絶世の美女だから直ぐに借金を返せるわいね。せいぜい気張って働くこったね」
女狐のような白い貌をした置屋の女将は冷ややかに笑った。
…事実それらの旦那衆がいなければ、毎月莫大にかかる着物代や化粧代、そして置屋の女将に払う借金など捻出できはしないのだ。
藍川はそれらの旦那衆の存在をとても嫌がった。
染乃を独占したがった。
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