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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第12章 その愛の淵までも…
大紋は藍川に接見した。
拘置所の中で藍川は茫然自失として、会話もままならなかった。
「…君は染乃さんを殺してはいないのだろう?
彼女と心中するつもりだったのだろう?」
そう尋ねても
「…さあ…分かりません…。でも、もうどうでも良いのです。
…染乃は…僕を残して一人で旅立ってしまったのですから…」
そう焦点の定まらない眼差しで、ぼんやりと答えるのみだったのだ。

大紋は睡眠薬の入手先を洗いざらい当たった。
藍川に睡眠薬の購入歴はなかった。
染乃の身辺を当たると、吉原のもぐりの医者が浮かび上がってきた。
最初はのらりくらりと答えをはぐらかしていた医者だったが、医師免許の有無をやや脅迫的に確認すると、簡単に自供した。
「染乃が自分で買いに来たんですよ、弁護士の旦那。
彼女はこう言ったんです。
…何錠飲めば死ねるの?…てね。
てっきり悪い冗談だと思っていたから、一瓶飲んじまえばあの世行きさと答えたんです。
…まさか…本当に死んじまうなんて…!」

医者はそれを警察で証言し、藍川は無罪放免となった。
だが、彼は決して喜びはしなかった。
喜怒哀楽を全く表さず、ひたすら自己の殻に閉じこもるようになった。

心配した両親が、房総の親戚筋の家に藍川を預けた。
そこで心身ともに休ませ、いずれは帝大に復学させるつもりだと、大紋は聞いていた。
…それが昨年までの大紋の知る藍川のすべてであった。
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