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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第12章 その愛の淵までも…
大紋は藍川の気持ちを察するように、明るく口を開いた。
「…何か新しいことを始めてみないか?藍川くん」
「新しいこと…?」
鸚鵡返しに、弁護士の言葉を繰り返す。
「ご両親に伺ったよ。帝大に復学する気はないそうだね?」
藍川は黙って頷いた。
…東京に戻る気はなかった。
東京に戻れば、嫌でも思い出してしまう。
染乃のこと…暁のこと…。
けれど、何をすればいいのか分からない。
藍川の心は空っぽだった。
初恋のひと、染乃は藍川の気持ちを全て攫って行ってしまったのだ。
大紋が穏やかに話し始めた。
「…君は絵が上手いね」
驚いたように藍川が大紋を見上げる。
「君の絵を部屋の引き出しから見つけた。
…暁を探す為、止むを得ず家捜しみたいなことをした。
すまないね」
きちんと詫びる大紋に、藍川は首を振る。
…悪いのは自分だ。大紋は悪くない。
「とても綺麗な絵だった。まるでプロの画家が描いたような…。絵は独学?」
誠実な言葉で賞賛してくれるのを、藍川は戸惑ったように頷いた。
「はい。…本当は美術学校に行きたかったのですが、父が許してくれなかったのです。
お前は藍川屋の跡取りだから…と」
他のことには寛容だった父だが、こと藍川の進路については厳しかった。
絵はいつか手すさびのようになり…やがてそれもしなくなった。
暁を描いたのは染乃の面影をなぞり、残したかったからだ。
「…ねえ、藍川くん。絵の道に進んでみないか?」
余りに突然の提案に、藍川は思わず問い返した。
「…絵の道…て…」
大紋は成熟し、知的な大人の男のみが持つ余裕に満ちた笑みを浮かべ、まるで藍川の進むべき道を指針するかのように、滑らかに語り出したのだ。
「僕に絵心はないが、絵画を観るのは大層好きでね。
君には絵の才能があると思う。
…思い切ってフランスに留学してみないか?
芸術の都、パリで絵画を学ぶんだ。
ゴッホ、ゴーギャン、ロートレック…。パリには才能溢れる画家がたくさんいる。最近は日本からの留学生も増え始めた。君の人生も変わると思うよ」
突拍子も無い提案に藍川は呆気に取られる。
「パリに留学…?」
「ご両親には話をつけてきた。君が立ち直るならと快諾してくれたよ。
…裕福で優しいご両親を持ったことに感謝するんだね。
…人生はやり直せるのさ、藍川くん」
そうして大紋は、やや芝居掛かったような表情で目配せをして見せたのだ。
「…何か新しいことを始めてみないか?藍川くん」
「新しいこと…?」
鸚鵡返しに、弁護士の言葉を繰り返す。
「ご両親に伺ったよ。帝大に復学する気はないそうだね?」
藍川は黙って頷いた。
…東京に戻る気はなかった。
東京に戻れば、嫌でも思い出してしまう。
染乃のこと…暁のこと…。
けれど、何をすればいいのか分からない。
藍川の心は空っぽだった。
初恋のひと、染乃は藍川の気持ちを全て攫って行ってしまったのだ。
大紋が穏やかに話し始めた。
「…君は絵が上手いね」
驚いたように藍川が大紋を見上げる。
「君の絵を部屋の引き出しから見つけた。
…暁を探す為、止むを得ず家捜しみたいなことをした。
すまないね」
きちんと詫びる大紋に、藍川は首を振る。
…悪いのは自分だ。大紋は悪くない。
「とても綺麗な絵だった。まるでプロの画家が描いたような…。絵は独学?」
誠実な言葉で賞賛してくれるのを、藍川は戸惑ったように頷いた。
「はい。…本当は美術学校に行きたかったのですが、父が許してくれなかったのです。
お前は藍川屋の跡取りだから…と」
他のことには寛容だった父だが、こと藍川の進路については厳しかった。
絵はいつか手すさびのようになり…やがてそれもしなくなった。
暁を描いたのは染乃の面影をなぞり、残したかったからだ。
「…ねえ、藍川くん。絵の道に進んでみないか?」
余りに突然の提案に、藍川は思わず問い返した。
「…絵の道…て…」
大紋は成熟し、知的な大人の男のみが持つ余裕に満ちた笑みを浮かべ、まるで藍川の進むべき道を指針するかのように、滑らかに語り出したのだ。
「僕に絵心はないが、絵画を観るのは大層好きでね。
君には絵の才能があると思う。
…思い切ってフランスに留学してみないか?
芸術の都、パリで絵画を学ぶんだ。
ゴッホ、ゴーギャン、ロートレック…。パリには才能溢れる画家がたくさんいる。最近は日本からの留学生も増え始めた。君の人生も変わると思うよ」
突拍子も無い提案に藍川は呆気に取られる。
「パリに留学…?」
「ご両親には話をつけてきた。君が立ち直るならと快諾してくれたよ。
…裕福で優しいご両親を持ったことに感謝するんだね。
…人生はやり直せるのさ、藍川くん」
そうして大紋は、やや芝居掛かったような表情で目配せをして見せたのだ。