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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第2章 初戀のひと
泉は目の前に立つこの西洋人と対峙しても引けを取らないような堂々たる美丈夫な紳士をまじまじと見た。

縣男爵家に来るまで、泉は二つの貴族の屋敷に勤めた。
当主は二人とも到底尊敬できるような人物ではなかった。
容貌も貧相で、趣味が悪い高価なだけの衣服や装飾に身を包み、使用人に威張り散らすような者達だった。
…貴族といっても庶民と変わらない…いや、それ以下じゃないか…と鼻白む気分になったものだ。

…だが、縣礼也は違った。
容姿はもちろん優れているが、知性、人柄、度量、品位と文句の付けようのない紳士の見本のような人物であった。
貴族の常にあるような浮気や女遊びなど全く無縁で…
信じられないくらいに妻の光を熱愛していた。
…泉がいた二つの貴族の当主は、夫婦仲は冷え切り、お互い密かに愛人を持っていた。
貴族はそれが当たり前だと思っていた。

だが、礼也は違った。
妻の光を心から愛し、人目を憚らずに愛を語った。
妻の光もまた、情熱的に礼也を愛していた。
メイドや下僕がいても無邪気に抱擁し、キスをした。
年若のメイド達は皆、頬を染めたが、美しい二人のキスはまるでおとぎ話の主人公のようにロマンチックなものだった。

執事の生田は
「…旦那様は海外暮らしがお長いし、奥様は14歳からパリで暮らされていたので、万事西洋式でも致し方ないのだ」
と、咳払いしながら説明していた。

泉は、仲が悪かったり、冷めている夫婦よりずっといいと思った。
…お二人とも、とても素直で飾り気のない方だ。

泉は縣家に来て初めて、尊敬できる主人の元に仕えることが出来たのだ。

礼也は、モード雑誌から抜け出てきたような洗練された装いで泉の前に立つ。
…家にいる時でも礼也はお洒落だ。

「…は、はい。…本は大好きです。…素晴らしい蔵書の数々に、驚いていました」
礼也はにっこりと笑う。
「ありがとう。亡くなった祖父が私の為に作ってくれた図書室だ」
「はあ…。すごいですね…」
…偉いお祖父さんがいたもんだなあ…。
泉は室内を見渡し、感心する。
「…祖父は文盲に近かったからね。…本に憧れがあったのだろう」
さらりと何でもないように言う。
「…え?」
「私の祖父は貧しい炭鉱夫だった。…裸一貫から炭鉱業を興して、この屋敷を造り、縣財閥の礎を築いたのさ」
少しも引け目に感じている風もなく、寧ろ誇らしげに礼也は語ったのだ。

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