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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第14章 Coda 〜last waltz〜
二人で手を繋ぎ、店の前の海辺へ続く石造りの階段を降りる。
灯りひとつない海岸では、満天に輝く星と、シャンパンのような綺麗な黄金の三日月の光が頼りだ。
温かな潮の香りに包まれ、暁は大きく深呼吸する。
…寄せては返す…さながら子守唄のような波の音に耳を澄ませる。
暗い闇の底のような海に眼を遣り、暁は息を飲んだ。
「…森…!…海が…光っている…!」
強く手を握ると、ひんやりとした大きな手が握り返してくれた。
「夜光虫ですよ。ここでは、青い涙と呼ばれているそうです。…ロマンチックな名前ですね…」
「…青い涙…」
黒い天鵞絨を広げたような水面に、宇宙の蒼い欠片をちりばめたような、夜光虫が無数に光り、輝いていた。
蒼い光は、貴婦人のドレスのように色鮮やかな色を成し、月の光を浴びてたゆたう。
…幻想的な風景に、暫し心を奪われる。
…あの向こうに、日本がある。
暁の胸は締め付けられるように痛んだ。
…ラジオから毎日流れる戦況ニュースは、日本の色濃い敗戦への予兆めいたものばかりだ。
空襲のニュースが流れると、東京はその標的にされてはないか、暁は息を詰めるように聞き入る。
…兄さん、義姉さん、薫、菫、春馬さん、絢子さん、暁人くん、梨央さん、綾香さん、泉、司くん…
大切なひとたちは皆、無事なのだろうか。
毎月欠かさずに送り続けている差出人の名前のない絵葉書は、もはや届いているかすら分からない…。
…このフランスですら、第三帝国の魔の手が忍び寄ろうとしている。
アルザス・ロレーヌ地方は既にその包囲網の中にあった。
この穏やかな避暑地ですら、禍々しい色合いの軍服に身を包んだ軍人の姿を時折見かけるようになった。
胸に浮かぶのは別れ際の礼也の慈しみ深い笑顔だ。
…兄さん…!
不安で強張った暁の手を癒すかのように月城の手が優しく握りしめる。
「大丈夫です。礼也様はご無事です。光様も大紋様も…。皆様は必ずお元気でいらっしゃいます」
暁は思わずその逞しい胸に貌を埋めた。
「…うん…。そうだよね…」
…生きている。兄さんはきっと無事だ。ほかの皆も…絶対に無事だ。
何百回何千回と胸の中で繰り返したか分からない言葉を、おまじないのように再び繰り返す。
月城の力強い心臓の鼓動…。
…低い美声が響いてきた。
「…日本に…帰りたいですか?」
暁はゆっくりと貌を上げ、月城を見上げた。
灯りひとつない海岸では、満天に輝く星と、シャンパンのような綺麗な黄金の三日月の光が頼りだ。
温かな潮の香りに包まれ、暁は大きく深呼吸する。
…寄せては返す…さながら子守唄のような波の音に耳を澄ませる。
暗い闇の底のような海に眼を遣り、暁は息を飲んだ。
「…森…!…海が…光っている…!」
強く手を握ると、ひんやりとした大きな手が握り返してくれた。
「夜光虫ですよ。ここでは、青い涙と呼ばれているそうです。…ロマンチックな名前ですね…」
「…青い涙…」
黒い天鵞絨を広げたような水面に、宇宙の蒼い欠片をちりばめたような、夜光虫が無数に光り、輝いていた。
蒼い光は、貴婦人のドレスのように色鮮やかな色を成し、月の光を浴びてたゆたう。
…幻想的な風景に、暫し心を奪われる。
…あの向こうに、日本がある。
暁の胸は締め付けられるように痛んだ。
…ラジオから毎日流れる戦況ニュースは、日本の色濃い敗戦への予兆めいたものばかりだ。
空襲のニュースが流れると、東京はその標的にされてはないか、暁は息を詰めるように聞き入る。
…兄さん、義姉さん、薫、菫、春馬さん、絢子さん、暁人くん、梨央さん、綾香さん、泉、司くん…
大切なひとたちは皆、無事なのだろうか。
毎月欠かさずに送り続けている差出人の名前のない絵葉書は、もはや届いているかすら分からない…。
…このフランスですら、第三帝国の魔の手が忍び寄ろうとしている。
アルザス・ロレーヌ地方は既にその包囲網の中にあった。
この穏やかな避暑地ですら、禍々しい色合いの軍服に身を包んだ軍人の姿を時折見かけるようになった。
胸に浮かぶのは別れ際の礼也の慈しみ深い笑顔だ。
…兄さん…!
不安で強張った暁の手を癒すかのように月城の手が優しく握りしめる。
「大丈夫です。礼也様はご無事です。光様も大紋様も…。皆様は必ずお元気でいらっしゃいます」
暁は思わずその逞しい胸に貌を埋めた。
「…うん…。そうだよね…」
…生きている。兄さんはきっと無事だ。ほかの皆も…絶対に無事だ。
何百回何千回と胸の中で繰り返したか分からない言葉を、おまじないのように再び繰り返す。
月城の力強い心臓の鼓動…。
…低い美声が響いてきた。
「…日本に…帰りたいですか?」
暁はゆっくりと貌を上げ、月城を見上げた。