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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第2章 初戀のひと
「まあまあ、なんてこと!」
乳母の福が驚きの余り、声を上げる。
駆けつけた泉が泣き喚いている薫を抱き上げた途端、薫は泉の貌を見上げ、泣くのをぴたりと止め、ご機嫌で喃語で話し出したのだ。
光は胸を撫で下ろした。
「良かったわ。これからお披露目なのに、泣きっぱなしだとお客様に失礼だもの」
礼也は肩を竦めた。
「…すごいな、泉は…。…ちょっと妬けるな。…薫はお父様より泉が好きなのか?」
礼也がまあるい頬をつっつくとけらけらと笑いだした。
「…俺は薫様を抱き慣れているからです。…薫様はお父様もお母様も大好きですよ。お帰りになる車の音で喜ばれますから…」

礼也は感心する。
「…泉は本当によく薫を観察しているのだな」
光はにこにこしながら礼也の腕に抱きつく。
「ね?泉を呼んで良かったでしょう?」

「…本当にすごいね、泉くん。びっくりした」
そう言いながら近づいて来たのは暁だった。
「暁さん!お待ちしていたわ!」
光が暁に抱きついて歓迎する。
「遅くなりまして、申し訳ありません。汽車が遅れまして…」
大阪への出張帰りだという暁は、それでもきちんと黒い燕尾服の正装に身を包み、辺りに光輝くような美のオーラを撒き散らし、眩いほどであった。
礼也は目を細め、最愛の弟を抱擁する。
「また、綺麗になったな。暁…」
「兄さん…」
暁は白い頬を染め、俯いた。

「ねえ、礼也さん。お披露目の間、泉に薫を抱っこして貰ったままでいいかしら?…泉が離れたらきっとまた泣きだすわ」
豪奢なスワロフスキーをあしらった黒いシルクタフタのイブニングドレスを着た光は、礼也にねだる。
黒い極上の燕尾服を見事に着こなした礼也はあっさり頷く。
「それがいい。…薫のご機嫌が斜めではお披露目の意味がないからな。泉、頼んだよ。なあに、薫を抱いて私たちの間に立っていてくれたらそれでいい」
「は、はあ…」
泉は恐る恐る傍に控える生田を見た。
生田は致し方なしといった貌で、泉に頷いてみせた。

ほっとした泉は腕の中の薫に囁いた。
「薫様、とりあえず一時間、俺と一緒にがんばりましょう!」
薫は、大きな目を見開いて嬉しそうにきゃっきゃと笑い、泉のお仕着せのタイを引っ張った。
「イテテテ…」
薫はタイをおしゃぶり代わりにちゅうちゅうと吸い出した。
「か、薫様…」
しかし、薫が可愛くて仕方ない泉はなすがままなのであった…。




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