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ポン・デ・ザール橋で逢いましょう
第1章 其の壱
その日から百合子は風間家の嫁となった。
予想外だったのは、百合子が実家から伴の者を一人も連れずに輿入れしたことだった。
通常、華族の令嬢は輿入れをする時に侍女の一人や二人、必ず伴うものだ。
百合子を長年の世話してきた侍女が婚礼の翌日、泣く泣く百合子と別れを交わしていたのを、忍は図らずも玄関ホールの端で目撃してしまったのだ。
「…本当に…奥様をお恨みいたします。ご婚家にお入りなったばかりで心許ないお嬢様を残して戻れなど…。
余りに酷すぎます」
百合子は侍女を優しく宥めていた。
「お義母様を悪く言わないで。…今、お家はすっかり使用人の数も減ってしまって、貴女が戻らなくては立ち行かないのです。お義母様もご不便なのでしょう」
「お嬢様はお優しすぎます!…だから奥様は図に乗るのです!」
悔しげに掻き口説く侍女に、百合子は安心させるように微笑ってみせた。
「私なら大丈夫よ。…もう二十歳ですもの。旦那様もとてもお優しいお方だし、心配しないで」
そう言って、後ろ髪を引かれるように去って行った侍女を百合子はやはりいつまで見送っていた。
「…本当は寂しいんだろ?」
背後から声をかけると、百合子はびくりと華奢な身体を震わせ振り返った。
「忍さん…」
加賀友禅の薄紅色の芍薬模様の振袖を着ているのが、百合子を若妻と言うよりはまだ初々しい令嬢のように見せていた。
「驚かしてごめん」
小さく謝ると、百合子は慌てたように首を振り…そっと目尻の涙をその細く白い指先で拭った。
忍は息を飲んだ。
「…泣いているの?」
「…いいえ…。泣いていません。…目にごみが入っただけです」
意外に芯が強いひとなんだな…と忍は思った。
「…寂しくはありません。…私の家は両親ももう亡くなり、今は義理の母が一人いるだけです。義母は私のことを余りお好きではないので…私がこちらにお嫁入り出来てほっとされているでしょう…」
この結婚は強欲なその継母の計画か…と忍は合点がいった。
同時に、決して継母を悪く言わない百合子が健気だった。
「…ただ…少し不安なだけです…」
そう小さな声で囁いて寂しく笑ってみせた百合子に、忍は胸が掴まれるような今まで感じたことがない甘く苦しい感情が走った。
予想外だったのは、百合子が実家から伴の者を一人も連れずに輿入れしたことだった。
通常、華族の令嬢は輿入れをする時に侍女の一人や二人、必ず伴うものだ。
百合子を長年の世話してきた侍女が婚礼の翌日、泣く泣く百合子と別れを交わしていたのを、忍は図らずも玄関ホールの端で目撃してしまったのだ。
「…本当に…奥様をお恨みいたします。ご婚家にお入りなったばかりで心許ないお嬢様を残して戻れなど…。
余りに酷すぎます」
百合子は侍女を優しく宥めていた。
「お義母様を悪く言わないで。…今、お家はすっかり使用人の数も減ってしまって、貴女が戻らなくては立ち行かないのです。お義母様もご不便なのでしょう」
「お嬢様はお優しすぎます!…だから奥様は図に乗るのです!」
悔しげに掻き口説く侍女に、百合子は安心させるように微笑ってみせた。
「私なら大丈夫よ。…もう二十歳ですもの。旦那様もとてもお優しいお方だし、心配しないで」
そう言って、後ろ髪を引かれるように去って行った侍女を百合子はやはりいつまで見送っていた。
「…本当は寂しいんだろ?」
背後から声をかけると、百合子はびくりと華奢な身体を震わせ振り返った。
「忍さん…」
加賀友禅の薄紅色の芍薬模様の振袖を着ているのが、百合子を若妻と言うよりはまだ初々しい令嬢のように見せていた。
「驚かしてごめん」
小さく謝ると、百合子は慌てたように首を振り…そっと目尻の涙をその細く白い指先で拭った。
忍は息を飲んだ。
「…泣いているの?」
「…いいえ…。泣いていません。…目にごみが入っただけです」
意外に芯が強いひとなんだな…と忍は思った。
「…寂しくはありません。…私の家は両親ももう亡くなり、今は義理の母が一人いるだけです。義母は私のことを余りお好きではないので…私がこちらにお嫁入り出来てほっとされているでしょう…」
この結婚は強欲なその継母の計画か…と忍は合点がいった。
同時に、決して継母を悪く言わない百合子が健気だった。
「…ただ…少し不安なだけです…」
そう小さな声で囁いて寂しく笑ってみせた百合子に、忍は胸が掴まれるような今まで感じたことがない甘く苦しい感情が走った。