この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
ポン・デ・ザール橋で逢いましょう
第1章 其の壱
忍の叔母が呆れたように首を振った。
「まあ、何でしょう。あの言葉遣いは…。
…燁子さん、貴女随分忍さんを甘やかしていらっしゃるのねえ?」
新興の鉄道会社の創始者に嫁いだ叔母は、母親姉妹の中では一番の出世頭だ。
しかも息子達は揃いも揃って秀才で、帝大は元よりベルリン大学やハーバード大学にまで留学している。
成金の部類に属するホテル王の妻に収まった母親は、姉妹の中では密かに低い順位に位置付けられているのを自ら悟っていたのだ。
長男の篤は賢く大人しく優等生で帝大を卒業し、父親の跡を継いで業務もそつなくこなしている。
しかし、次男の忍は…。
忍の眼を見張る美貌は社交界の若い令嬢達から早くももてはやされてはいたが、行儀や言葉遣いは極めて悪く、年配のうるさ方の婦人達には取り分け評判が悪かった。
密かに姉を敵視していた母親は、いたくプライドが傷つけられた。
母親は怒り心頭の様子で叫んだ。
「忍さん!謝りなさい!」
忍は肩を竦めた。
「誰が謝るか、ババア。俺は間違ったことは言っていないからな。嫁に来たばかりの義姉さんに、チクチク嫌味ばっかり言いやがって…お前ら揃いも揃って最低だ!くそババア!」
卓上が騒然となるのを尻目に、忍は音を立てて椅子から立ち上がる。
つかつかと百合子の傍らに近づき、手を取った。
「行こう、義姉さん。こんな空気が悪いところでお茶なんか飲むことない。俺がもっといいところに連れて行ってやる」
「忍さん…!」
驚きに眼を見張る百合子に頷く。
握りしめた百合子の手は、とてもか細くて冷たかった。
少し力を入れて引き寄せる。
「おいで、義姉さん」
忍は半ば強引に、百合子をバルコニーから外へと連れ出した。
「忍さん!お戻りなさい、忍さん!」
母親の金切り声を背中に、二人は庭園の奥に逃げ込むように走り出す。
…あれ、これって以前に外国シネマで観たあれみたいじゃないか…
…そう、駆け落ち…。
忍の胸は高揚する。
雲の上を歩いているみたいにふわふわした心持ちのまま、百合子の柔らかな手を握りしめる。
…義姉さん、苦しくないかな…
気になって振り返る。
…百合子は小さく微笑っていた。
「まあ、何でしょう。あの言葉遣いは…。
…燁子さん、貴女随分忍さんを甘やかしていらっしゃるのねえ?」
新興の鉄道会社の創始者に嫁いだ叔母は、母親姉妹の中では一番の出世頭だ。
しかも息子達は揃いも揃って秀才で、帝大は元よりベルリン大学やハーバード大学にまで留学している。
成金の部類に属するホテル王の妻に収まった母親は、姉妹の中では密かに低い順位に位置付けられているのを自ら悟っていたのだ。
長男の篤は賢く大人しく優等生で帝大を卒業し、父親の跡を継いで業務もそつなくこなしている。
しかし、次男の忍は…。
忍の眼を見張る美貌は社交界の若い令嬢達から早くももてはやされてはいたが、行儀や言葉遣いは極めて悪く、年配のうるさ方の婦人達には取り分け評判が悪かった。
密かに姉を敵視していた母親は、いたくプライドが傷つけられた。
母親は怒り心頭の様子で叫んだ。
「忍さん!謝りなさい!」
忍は肩を竦めた。
「誰が謝るか、ババア。俺は間違ったことは言っていないからな。嫁に来たばかりの義姉さんに、チクチク嫌味ばっかり言いやがって…お前ら揃いも揃って最低だ!くそババア!」
卓上が騒然となるのを尻目に、忍は音を立てて椅子から立ち上がる。
つかつかと百合子の傍らに近づき、手を取った。
「行こう、義姉さん。こんな空気が悪いところでお茶なんか飲むことない。俺がもっといいところに連れて行ってやる」
「忍さん…!」
驚きに眼を見張る百合子に頷く。
握りしめた百合子の手は、とてもか細くて冷たかった。
少し力を入れて引き寄せる。
「おいで、義姉さん」
忍は半ば強引に、百合子をバルコニーから外へと連れ出した。
「忍さん!お戻りなさい、忍さん!」
母親の金切り声を背中に、二人は庭園の奥に逃げ込むように走り出す。
…あれ、これって以前に外国シネマで観たあれみたいじゃないか…
…そう、駆け落ち…。
忍の胸は高揚する。
雲の上を歩いているみたいにふわふわした心持ちのまま、百合子の柔らかな手を握りしめる。
…義姉さん、苦しくないかな…
気になって振り返る。
…百合子は小さく微笑っていた。