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ポン・デ・ザール橋で逢いましょう
第1章 其の壱
…「坊ちゃん、好きな女の子ができたんですか?
坊ちゃんみたいな色男なら、この花を上げりゃあイチコロですよ!」
冷やかしながら百合の花を分けてくれた庭師のにやけた顔を思い出す。
「そ、そんなんじゃないよ!」
貌を赤くして百合を受け取ると、脱兎の勢いで逃げるように走り出した。

…そんなんじゃない…そんなんじゃない…。
おまじないのようにその言葉を繰り返す。
…そんなんじゃない…。義姉さんに…ぴったりな花だから…プレゼントしたいだけだ…。

自分に言い聞かせるように、何度も呟く。
どきどきと高鳴る胸を抑えるように、百合子の部屋の扉をノックしようとして…手が止まる。
…扉が僅かに開いていた…。

そのまま声をかけようとして、息を飲んだ。
…部屋の中から兄、篤の声が聞こえてきたのだ。

「…百合子、こちらにおいで…」
…いつもの丁寧な呼び方ではなく、呼び捨ての言い方は普段の兄とはがらりと違った雄々しい男を感じさせるような言い方であった。

ややあって、百合子の密やかな声が聞こえた。
「…はい…旦那様…」
「…百合子…」
「…あ…っ…んん…っ…」
…甲高い叫び声がすぐさま何かに塞がれたかのように封じられ…それはやがて甘い喘ぎ声にとって代わられた。
「…百合子…可愛い…」
兄の感に耐えたような囁き声…。
「…ああ…いけませんわ…こんなところで…」
百合子が掠れた声で抗う様子が伺われる。
それに続き…衣摺れの音…。

…見てはだめだ…。
分かっているのに、無意識に扉の隙間に近づく。
…見てはならない…。

ほんの僅かの隙間から見えたものは…。

…百合子の帯を器用に解いている兄と、羞恥に身悶えながらも兄の胸に縋り付く百合子の姿だった…。

金糸銀糸が織り込まれた帯は流れるように床に落ち、続いて桃色の錦紗の振袖が兄の手によって、さらりと脱がされる。
「…いや…はずかし…」
いやいやをする百合子の唇を荒々しく奪う兄はもはや、忍が知る兄ではなかった。
…普段、虫も殺さぬような優しげな紳士ぶりからは想像もつかぬほど、欲情を露わにした生々しい男であった。
兄に白綸子の長襦袢姿にされた百合子は、その少女のような楚々とした貌に匂い立つ色香を浮かべ、兄のくちづけと愛撫をしなやかに受け止めていた。
「…ああ…旦那様…おねがい…ここでは…いや…」
甘く熟れた声が、囁いた。





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