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ポン・デ・ザール橋で逢いましょう
第1章 其の壱
「…百合子…おいで…早く百合子が欲しい…」
抑えきれない欲情を滲ませた声…。
「…旦那様…」
百合子の切なげな潤んだ声…。
二人の慌ただしい足音が遠ざかり、それもやがて奥の間に消えた。
忍は足音を立てないように後退りし廊下に出ると、大階段を一気に駆け下りた。

ませた級友が学校に持ってきた外国のポルノグラフィティや蔵にあったという危な絵…。
男女が睦み合う淫らな絵の数々を、忍は毛筋ほどにも興味がなかった。
友達が大騒ぎをするのを冷めた目で見ていた。
…気持ち悪い…あんなこと…。
そう思っていた。

…だが…。
今、覗き見た百合子の艶めいた表情…甘やかな声…白い襦袢姿の儚げな色香…。
全てが忍の身体中を火傷するように熱くし、体内から押し上げる滾るような欲望を感じさせた。
かつて見た危な絵の、組み敷かれ快楽に喘ぐ女の貌が百合子へと擦り変わる。
百合子を抱く男は…
…忍だった…。

そんな淫らな妄想を抱く自分が汚らわしく、それらを振り払うように庭園へと走り出した。
…義姉さんを…そんな目で見るなんて…!

けれど、それが自分の暗く湿った欲望なのだと悟った瞬間、忍は手にした百合の花を目の前に広がる池に力一杯投げ捨てた。

花は僅かな水音を立てて、池の水面に落ち…そのまま小舟のように揺蕩う…。
それはそのまま、百合子が水面に仰向けに浮かび…眠る幻想へと変わる。
…まるで…以前見たミレーの絵画のオフィーリアのようだ…。
闇夜を溶かしたような黒い池には、妖しくも美しい三日月が映し出され、波紋に揺らめく。
白百合はその三日月に寄り添うように揺れていた。

…そうして忍は初恋の全てをその池に沈め、封印したのだった。




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